S×R SS | ナノ


届かなくてもいい。


静かな夜。
こんな時間に起きているのは、不寝番の数人くらいだろう。
そんなことを考えながら、誰もいない甲板に大の字に寝転がって星空を眺めてみた。

「……あ、」

聞こえるのは波の音だけ。
何故か心を落ち着かせるそれに耳を澄ませてみれば、視界の端に映った光の線。

「(流れ星……)」

ひとつ、またひとつ。
現れては消えていく光。
ほんの一瞬の輝きの間、3回願い事を唱えれば叶うとか何とか言っていたのは誰だったか。
正直言って無理だと思う。
無理だからこその、迷信なのかもしれないけれど。
……我ながら、ロマンの欠片もない。
自分の思考に苦笑いをして、目を閉じる。
一呼吸置いてから、もう一度、今度はぼんやりと目を開けてみた。

きれいだなぁ。

素直にそう思った。
いつもより細長い視界には、果てのない真っ暗な空に散りばめられた光の粒がいつもより大きく映る。
無造作に投げ出した手足の力を抜いて、深く深呼吸して。
今日あったことを思い出してみた。

朝起きて、ご飯を食べて、エースにおかずをとられてちょっと喧嘩して、何故かそのまま外に出て取っ組み合いになって、能力使用なしのガチバトルでどっちが勝つか皆が賭けをし出して大騒ぎになって、オヤジも可笑しそうに笑ってた。
楽しかった、ような。
けれど少し、物足りないような。

「(……そっか)」

そういえば今日は、マルコ隊長に会っていなかった。
島が近いとかで、朝のうちに様子を見に行ったと誰かが言っていた気がする。
いつもご飯を食べる時に挨拶をして、いつものようにエースと喧嘩すると呆れたような笑みを浮かべて、大騒ぎの度が過ぎるとエースと私の頭に大きなたんこぶをこさえてくれる隊長が、いなかったのだ。
何となく今日一日の自分が空元気だった気がするのは、そのせいかと。
ようやく合点がいって、もう一度深呼吸をした。

白ひげ海賊団の一番隊に入って5年。
ここに来た当時はまだまだガキンチョだった私がこの淡い恋心(……なんて言い方をすると鳥肌ものだけど)に気がついたのは、つい最近のことだ。
オヤジが大好きで、人一倍家族想いで、よく怒るけど優しい人。
すごく悪い笑みを浮かべてみたり、ごくまれに満面の笑みを浮かべてみたり。
あの大きな背中を追いかけるだけではなくて、いつからか隣に並びたいと思うようになっていた。
隣に並んで、あの笑顔をひとりじめにしたいだなんて。
だけど隊長から見たらきっとまだガキンチョのままで、見た目も中身も彼の隣には相応しくないってことくらい理解しているから。
何故かイゾウ隊長にはばれていたけど、他の誰にもこの事は話していないし話すつもりもない。
ましてや本人に告げるなんて、きっとオヤジの娘を辞める時の捨て台詞にするくらいだろう(つまり、絶対に告白なんてしないってことだ)。

このままでいい。
あの背中を追いかけていられるだけで、今は幸せだ。
本当はそんなこと思ってないくせに、そう言い聞かせる。
ガキはガキらしく無鉄砲にぶつかってみろとでも言われてしまいそうだけど(誰にってもちろんイゾウ隊長に、だ)、ちょっと大人ぶってみたいお年頃なのだ。

ふとした拍子に漏れ出てしまいそうな独占欲をも排出するつもりで、ゆっくりと息を吐く。
その瞬間に、スタ、と甲板に誰かが降り立つ音がした。

「生きてんのかよい」
「……お帰りなさい、マルコ隊長」

なんというタイミングだろう。
くたばってんのかと思ったよい、なんて冗談とも取れない冗談を放り投げてよこして、大の字に横たわる私の頭上にやってきたのはマルコ隊長だった。
ぼんやりとし過ぎて気配も何も感じ取れなかったなんて。
なんだか無性に悔しくて、失礼を承知で寝転がったまま返事をした。

見上げた先のマルコ隊長の顔は、いつもみたいに眉尻を下げて呆れた笑い。
一日見なかっただけで懐かしく感じてしまうなんて、恋って恐ろしい。
そんなことを考えながら無言で見上げつづける私を不思議に思ったのか、マルコ隊長は眉根を寄せた。

「何かあったのか?」
「星がきれいなんですよ」
「答えになってねェよい」
「……何も、ないですよ」
「……そうかよい」

うまく誤魔化せない私は、やっぱり子供だ。
マルコ隊長は納得していないみたいだけど、それ以上詮索してくることはない。
やっぱり、マルコ隊長は大人だ。
本当はあなたのことを考えていました、なんて、伝えたいけれど伝えられない。
伝えたいけれど、伝えたくない。
本人を目の前にして矛盾だらけの心には、深夜の海風は少し冷たく感じて。
ほんの少し、本当に少しだけ、指先がふるりと揺れた。

「……風邪引くよい」

視線を合わせていたら気持ちに気付かれてしまいそうで、逸らした視界に映ったのは星空を背景にした大きな手。
差し出されたマルコ隊長の手は早く掴めとでも言いたげにちょいちょいと動いていて、私の手はそれに誘われるように自然と持ち上がっていった。

「何時間やってたんだよい」

冷え切ってるじゃねぇか、と。
言われると同時にぐい、と引っ張られて、簡単に起き上がってしまう私の体。
不意に肩に置かれた手が驚くほど温かく感じて、冷たくなっていた筈の体全体が触れられた部分から熱を持っていくようだった。

「さっさと戻れよい」

肩に触れた手は離れてしまったけれど、繋いだ手はそのままで。
さっき、ほんの少し寒さを感じたことに気付いてくれたんだろうか、なんて。
冷えた手を包み込むように握ってくれた手はあったかくて大きくて。
前を歩くマルコ隊長の背中を見ながら、だらしなく緩みきった頬はそのままにしておいた。


届かなくてもいい。
……今はまだ、このままで。




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