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不意に、胸を疼かせた


「(えっと、あとはクザンさんにこれを届ければ今日の分は終わりかな)」

つい2ヶ月ほど前に大将青雉―クザンの秘書を任されたごんべは、預かった書類を抱えて海軍本部の廊下をきびきびと歩いていた。
珍しく上司がいつもよりほんの少し真面目に働いてくれたおかげで、このまま何事もなければ今日の仕事は早めに上がれる……そんな思いから、その表情はどこか晴れやかだ。

「よォごんべ、今日も元気そうだな?フフフッ」

しかしそれは、廊下の角を曲がった瞬間ピシリと音をたてて固まった。
目の前に聳えるように現れたピンクの塊……から伸ばされた手に、つつつ、と腰のラインをなぞられ何とも言えない感覚が背筋を襲う。
そしてそこから声が発せられるのを聞いた瞬間、何とか硬直を解いたごんべは何も言わずにその脇を通り抜けて猛烈にダッシュした。

「(なんで今日もいるの!?七武海ってそんなに暇!?)」

ごんべの行く手に立ち塞がって手を出してきたのは他でもない、七武海に名を連ねるドンキホーテ・ドフラミンゴその人だった。
一週間ほど前に召集に応じてやってきた彼は、クザンの秘書としてその傍らに立っていたごんべをいたくお気に召したようで、こうして本部に留まりちょっかいを出してくるのだ。
この一週間というもの、廊下での出会い頭に抱き上げられ、擦れ違いざまに能力で身体の自由を奪われ、突然背後に現れ耳元に息を吹きかけられ(腰のあたりを弄るというオプション付きで、だ)、挙句の果てには朝から宿舎に侵入され。
正直な話、ごんべはこのドフラミンゴという男が苦手だった……かなり上の立場にある筈の彼を無視して、猛ダッシュで逃げるくらいには。

「フッフッフッ、そう逃げんなよ」

面白そうに笑ってわざとらしく響かせた足音が大股で迫ってくるのを聞きながら、ごんべはあれに好かれたらしい自分の不運を猛烈に呪った。



「クザンさんこれ書類お願いしますそして助けて下さい!!」
「ちょっとごんべちゃん、一体どうしたっての」

そうしてやっとの思いで辿り着いた上司の執務室で、ごんべはいつものように書類を机にきちんと置いてから(ここら辺の几帳面さが、サボり魔青雉の秘書を任せられた所以とも言える)そのまま上司―クザンの背後に回り込んだ。

「フフフッ、そんなに必死で逃げなくてもよくねェか?ごんべ」
「何事かと思ったら……アンタまたごんべちゃんにちょっかい出してんの?」

クザンが座っていた椅子の背凭れにしがみ付くようにしてごんべが縮こまったのと、ほぼ同じタイミングで再び開いた執務室の扉。
そこから現れたピンク色にごんべが小さく息を飲んだのを感じながら、クザンはごんべを庇うようにして立ち上がった。

「こう毎日来られたんじゃ、いい加減仕事の邪魔なんだけどねぇ」
「フフフッ、殆どサボってる奴が良く言うぜ」

面倒臭そうに後頭部を掻きながら、フゥ、と一つ溜息を吐いたクザンとドフラミンゴの間で、バチバチバチ、と見えない火花が飛び交う。
部屋の温度が数十度下がった気がするのは、あながち間違いではない筈だ。

「あんまりおれの可愛いごんべちゃんを苛めないでよ」
「フフフフフッ!!いつからごんべは大将殿の女になったんだ?」
「そんなの前からに決まってるじゃないの」
「それは違います!!」
「……そこまで全面否定されるとちょっと傷付くんだけど…真面目だなァ全く」

海軍本部大将と七武海の睨み合いはなかなかに壮絶だが、内容が内容だけに少々居た堪れない。
しかもこれが初めてのことではないから尚更だ。
先程からクザンに書類を届けに来る海兵達も、あぁまたかと言わんばかりになるべく二人の視界に入らないように小さくなりながら、そそくさとごんべに書類を渡して部屋を後にしていく。

「否定されちまったなァ?フフフッ」
「うんまァでも……逃げられてるアンタよりかは脈アリだと思うんだけど」

しかし大抵はこの辺でドフラミンゴがごんべに最後のちょっかいを出してからふらりと部屋を出ていくのが常だったのだが、今日は少し違った。

「……あ、」

必要な所で主張を入れつつ書類を受け取っていたごんべが、そこに挟まれていたメモに気がついたのだ。

「ん?ごんべちゃんどうしたの?」
「……つる中将からの呼び出しです」
「あらら、それは急がないと……」
「すみません、行ってきます!!」

おそらくこの書類を持ってきた海兵が言伝を頼まれていたのだろう。
走り書きされたそれを握り締めながら、ごんべはこの部屋にダッシュする羽目になった原因も忘れて兎角急いでつる中将の元へ向かうことにした。

「……」
「……」

残された二人は一度互いに視線を交わした後、何も言わずにそれぞれ部屋を後にする。
その後書類を持ってきた海兵がもぬけの殻となった大将の執務室を見て青くなったのは、言うまでもない。



* * * * * * *



「……大事じゃなくて良かった」

一方ごんべはつる中将の呼び出しを受けて急いだものの、用件はそう大したものでもなく5分もかからずに元来た道を戻っていた。
急ぐ必要はない筈なのに、その歩調は心なしか速めだ。
今更ながら、部屋に残してしまった二人がどうなったのか心配になってきたのだ。

「(むしろこっちの方が大事になりそう……!!)」

毎度クザンに助けを求めるのはごんべ自身だが、いつも何事もなく(多少のセクハラは受けるが)ドフラミンゴが部屋から出ていくのであの二人を二人きりで放っておくことになるのは想定外だった。
何度も歩いた廊下を、真っ直ぐ前を見て進む。
そして思わず駆け出しそうになるのを何とかこらえて階段へ向かう角を曲がろうとした、その時だった。

「……ドフラミンゴさん?」

窓の外、地上の庭にピンク色の塊が見えた。
ごんべのいる2階の窓からでもはっきりと見えるそれは、恐らく……十中八九、ドフラミンゴ以外あり得ない。
外にいるという事は、部屋では何事もなかったのだろうか。
考え込みながらじっとその後ろ姿を見ていると、不意に振り返ったドフラミンゴと目が合ってしまった。

「(……何か言ってる?)」

暫くじっとごんべを見ていたかと思うと、ぱくぱくと口を動かして何かを言っているようだ。
なんとか読み取ろうと目を細めたけれど、口が動かなくなるのと同時にゆっくりと手招きをされたことでようやく意味を理解した。

「(来い、って……言ってるんだよね)」

はっきり言って、ここであの男の元に向かう義理はない。
七武海からしたらごんべの身分など低いものかもしれないが、今まで散々逃げ回ってきたのだから今更義務も何もないだろう。
けれど階段へ向かったごんべの足は、上る筈のそれを殆ど駆け足で下りはじめていた。



「フッフッフッ、来たのか」
「呼ばれた、ので」
「散々逃げ回ってた奴の言う台詞か?」
「それは、そう…ですけど……」

ドフラミンゴは、本部の建物から出てすぐの木陰に立っていた。
幸い色んな意味で目立つ格好をしているものだからすぐに発見出来たのだが、来ることが分かっていたかのような表情で来るとは思わなかったとわざとらしく言われて、明らかな理由もなくここに来たごんべは言葉に詰まってしまう。

「まァいい。とりあえず、だ」

しかし俯いたところで腕を引かれて、ぽすんと腕の中に包まれてしまっていよいよ息が詰まる。
抱き上げられたり背後から腕を回されたりしたことはあったけれど、こうして正面から抱き締められるのは初めてだった。
だからだろうか、なかなか抵抗ができないのは。

「今日で最後だ」
「……え?」

ぐるぐると纏まらない思考を持て余していたところに、頭上から降ってきた声。
それは散々ちょっかいを出され続けたごんべにとっては嬉しい言葉の筈なのに、口から漏れた声は、何故か寂しそうな色を含んでしまった。

「今日中にマリンフォードを出るんだよ」
「そうですか……お疲れ様で、ッ」

それでもなんとか平生でいようと努めて事務的な言葉を選んだというのに、それを言い終わる前にドフラミンゴの長い指が顎に添えられて上を向かされる。
そうして一瞬の隙に奪われた唇は、小さなリップ音をたててすぐに離された。

「フフフッ……餞別にもらっとくぜ」
「……は、え、ちょ、」

呆然とするごんべを余所にドフラミンゴはえらく楽しそうに笑って、もう一度、今度は耳元に唇を寄せた。

「そんなに物欲しそうな顔してると、このまま攫っちまうぜ?」

耳元でいつもより低い声が響いたのと同時に、するり、と手の甲で頬を撫ぜられるのを感じて、思わずこくりと息を飲む。
しかしハッと我に返った時、ドフラミンゴは既に背を向けて歩きだしていた。

「じゃァな、ごんべ」

ひらひらと、背中を向けられたまま振られる手。
あの手がさっきまで自分の頬に添えられていたのかと思うと、何故か顔が熱くなってきて。

「(や、やられた……!!)」

思春期の子供じゃあるまいし。
自分で自分にツッコミをして、ごんべは赤くなった顔を隠すように両手で頭を抱えた。


不意に、胸を疼かせた
……これが恋?





……翌日。

(よォ、ごんべ)
(え、あれ……?昨日出航したんじゃ)
(フフフッ、キスだけであんな真っ赤になっちまう可愛いごんべを置いて行けるかよ)
(なんで知って……って、わ、クザンさん!!)
(ちょっと何?キスって何の話?)
(ななな何でもありません!!)
(何でもなくはねェだろ?つれねェなァ……フフフフフッ)
(もういいから黙ってこっちきて下さい!!)
(フッフッフッ!!悪いな、“可愛い部下”を借りてくぜ)

(あーあ、行っちゃった……キスってまさかアイツごんべちゃんに手ェ出したんじゃ……)
(失礼します。大将殿、こちらの書類を……ど、どちらに行かれるんです!?)
(おれの可愛いごんべちゃんの一大事だからそこどいて。はいごめんねー)
(大将殿ー!!?)



Title>>確かに恋だった

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50000打アンケートでネタを提供して頂きました。
クザンvsドフラなセクハラ魔ドフラ夢……に、なってますか?←
後日談(会話文)が異常に長いのは見逃してください(´`;)
ネタ提供ありがとうございました!!




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