S×R SS | ナノ


木漏れ日と鷹と私


時刻は午後3時。
世間の子供たちがおやつを目の前に舌鼓を打っているであろうこの時間に、ごんべは秘密の場所(一部の大人は知っている場所ではあるけれど)でのんびりと本を読んでいた。
ここは獣の住む林で唯一、その脅威に晒されない場所。
隠された抜け道の先に広がる、とても穏やかな場所だ。

ごんべは栞を挟んで静かに本を閉じると、林の中にぽつんと広がる草原に寝転がる。
そうしてゆったりと流れる雲を眺めるのが堪らなく好きだった。

今日は朝から天気が良くて、働いているレストランが定休日ということもあってこの場所にやって来た。
町の大人たちはこの場所を知ってはいるけれど、獣達に遭遇することなくここに辿り着ける小道を知っているのはごんべだけだ。
普段誰も来ることのない静かな場所で、自分だけの時間を過ごす。
これが、同じ毎日を繰り返すごんべにとって唯一の癒しと言えた。

……のだが。

「……先客か」
「!!?」

あぁあの雲は昔飼ってた犬にそっくりだ、などのんびりと考えていたごんべは、突如自分しかいない筈の空間に響いた男性の声に驚いて慌てて起き上がった。
とは言っても反射で立ち上がることまでは出来なくて、上体だけを起こした体勢で声のした方向を見やる。
ごんべの目に入ったのは、巨大な刀を背負う特徴的な帽子を被った…鷹のような目をした背の高い男だった。
この町では見たことのない人…旅の人だろうか。

「驚かせたか」
「あ、いえ…いや、はい?…や、そうじゃなくて…」
「すまんな」
「…いえ」

男はそれだけ言うとごんべのいる空間をぐるりと見回して、ふむ、と頷くと傍らに大きな刀を置いて徐に草の上に腰を下ろした。
そのまま帽子を目深に被り直して、頭の下で腕を組んでごろりと仰向けに横たわる。
長い脚は優雅に組まれていて、ただ寝転がっているだけなのに様になるその姿にごんべは奇妙な感覚を覚えた。

「(…でも流石にこれじゃ居づらいなぁ)」

見ず知らずの他人と互いに黙ったまま草っぱらで寝転がっているというのも奇妙すぎると思って、暫くその男を眺めたあとごんべは音を立てないよう静かに立ち上がった。
しかし軽く服に付いた草を払って、置きっぱなしだった本を持ち上げた所で再び声がかかった。

「…帰るのか」
「は、はい」

寝てしまったと思っていた男は帽子のつばの陰からこちらを見ていて、その瞳と目が合ったごんべの身体は動くことを止めてしまった。
なんとなく、目が離せなくなってしまったのだ。

「町の者か」
「そうですけど」
「丸腰で帰るつもりか」
「安全な道を知っているので…」
「なるほどな」

行ってもいいのだろうか。
黙ってしまった男の様子を少し窺ってから、このまま立っていてもしょうがないと思いごんべはゆっくりと一歩を踏み出した。
するとそこに、もう一度かかる声。

「おれも行こう」
「え?」
「ここの獣たちでは暇つぶしにもならん。静かな道があるならそこを通る」
「?」

振り返った先の男は、いつの間にやら立ち上がり大きな刀を背負い直していた。
さっき来たばかりなのに、いいのだろうか。

「どっちだ」
「あ、こっち…です」

そんな疑問を余所にさっさと歩き始めてしまった男を先導する形で、ごんべは大きく茂った木に向かって行った。



「…こんなところに道があったとはな」
「私も偶然見つけたんですよ、たまたま躓いて突っ込んだ先にあって」

ごんべがいつも通るこの小道は、家の裏手の木苺を摘んでいる最中に転んで見つけたものだった。
木苺の垣根のすぐ向こう側、ただの林だと思っていた木々の間にこの道を見つけた時は驚いたものだ。
そうして危ないと思いながらも好奇心で進んだ先に、あの場所があったのだ。

「……見かけに寄らないな」
「え、なんて?」
「いや、人は見かけに寄らぬものだと思っただけだ」
「こう見えて私は好奇心の塊ですよ」

ごんべはいつの間にか見ず知らずの人とこんな会話をしていることがなんだか可笑しくなってしまって、クスクスと笑いながら隣を歩く男を見上げた。
その先では同じように口端を上げて微かに笑う男の顔があって、予想だにしなかったその穏やかな表情に自分の心臓が僅かに跳ねるのを感じた。

「(…まさかまさか)あ、もうすぐですよ!」

名前すら知らない人にこんな感情を抱くなんて何かの間違いだと思うことにして、ごんべは終わりが近くなったのを良いことになるべく距離をとるように足を速める。
しかし男の注意が道の先に逸れたことは成功だったが、ごんべは自分の足元を注視しないというミスを犯してしまったのだ。
この、木の根がそこらじゅうに張っている不安定な小道で。

「?あぁ、この先か…おい」
「え?Σう、わっ!!」

がくん、と。
自分のミスに気付いた時には既に後の祭りで、ごんべは見事に地面にせり出した木の根に足を取られてしまった。
幸い後ろ向きに歩いていた訳ではないため、反射的にごんべの身体は受け身をとろうと両手を伸ばす。
しかしその両手は固い地面に触れることはなくて、代わりにごんべの腰には固い男の腕ががっしりと回されていた。

「…気をつけろ」
「!!」

声が近い。
今まで数十センチ頭上にあった男の顔はごんべのすぐ近くにあって、ごんべを受け止めた瞬間に吐いた小さな溜息すら聞き取れる程の距離。
バクバクとやけに大きく聞こえる心音は転ぶと思った緊張によるものだけではないことは、今のごんべには明白だった。

「立てるか?」
「…大丈夫、です」

不安定な状態のまま静止していた自分の身体を、ゆっくりと抱き起こす男の腕の感触がやけにリアルに感じられて、ごんべは赤くなっているであろう自分の顔を隠すために下を向いたまま大きく息を吐いた。

「(どうしよう)」
「歩けるなら行くぞ」






漏れ日とと私


名前も知らないのに。
隣を同じペースで進む鷹のような目のこの人が、気になって仕方がない。





Back



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -