S×R 鷹連載 | ナノ


005


店の奥には…VIP用とでも言ったらいいのだろうか、広いフィッティングルームが用意されていて、そこに通されればどこからかもう一人の店員さんがやってきて私が身につけている濡れた服を手際よく剥がしていく。
恥ずかしいとかそんなことを思う暇もなく下着のみの姿にさせられて、こちらで身体を拭いてくださいと暖かいタオルを渡され言われるがままに海水でベトついた素肌を拭いていった。

なぜ服屋でこんなサービスを受けているんだ、私は。

流石に髪まではどうすることもできないからと乾き始めてカピカピになったそれはゴムで一括りにされて、拭いたことである程度綺麗になった身体のあらゆる場所のサイズを測られていく。

何だこれは。夢か、夢なのか。


「…あの、ミホークさんはなんて」

一通りサイズを測り終えて後から来た店員さんの一人がフィッティングルームから出て行ったところで、されるがままだった私はもう一人の店員さんに尋ねた。

「船から落ちたとお聞きしましたが…お客様に合う服を何組か用意しろと先にお支払いをしていかれました」

なんてこった。
やっぱりあの時見えたのは札束だったのか。
あぁぁどうしようどうやって返済しよう。
人前であるにもかかわらず派手に頭を抱えるのは許して欲しい。
本当になんてマイペースな人に拾われたんだ私は。
いや、文句はないけども。ないんだけども。
お金に関してはルーズになりたくはないのだ、私は(これは一人暮らしの性だと思う)。

どのくらいの時間が経ったのかは分からないけれど、ガラガラと音がして顔を上げればそこには大量の服と下着と靴を乗せたワゴン。と、それを押すさっきの店員さん。
この店はランジェリーまで取り扱ってるのかと感心している場合ではない。
なんだこの高級感溢れる服の数々は。

「お客様のお好みはどのようなタイプのお洋服でしょう?」

そう聞かれた私が、見るからに高そうなひらひらした服と無駄にセクスィーな下着を最初に除外したのは言うまでもない。




目に付いたゴージャスな服とランジェリーを片っ端から店員さんにお返ししつつ、積み上げられた商品の中からなるべくシンプルかつ動きやすそうなものを値札を見ながらセレクトすること10分。
そうして残ったのは、ジーンズを含めたパンツ数本とTシャツの類が数枚、黒とか白とか水色とか、無難な色形のランジェリー(無難とは言え下着と呼ぶには失礼な気がする)が数セット、それからローヒールのサンダルだった。
大きなショップだけにカジュアルライクなものまで揃っていて本当に良かったと思う。
だからといって値段が安いわけではないけれど、それでもドレスみたいな服を買うよりは幾分かマシだ。
予想通りというかなんというか、私がチョイスした分ではミホークさんが払った額とは釣り合わなかったようでその分は返金してもらったけれど(ついでにここのベリーという通貨が、円と基本的に変わらないらしいことを学んだ)。
これだけ買ってこんなに返ってくるなんてどんだけだ、あの人。

とりあえずその中から黒いランジェリー(何度も言うがシンプルなものを選びはしたけれど下着と呼ぶには憚られるようなものなのだ)とジーンズと七分丈のTシャツ、それにサンダルだけを身に付けて、海水と砂に汚れた服たちは店員さんに言われて仕方がないので処分してもらう。
これで、元の世界からの私の持ち物は使い物にならないケータイと壊れたデジカメだけとなってしまった。
寂しい気はするけれど、仕方がない。

最後に店員さんに他の服をなるべく小さくまとめてもらい店を出ると、そこにタイミングを計ったかのようにミホークさんが現れた。

「終わったのか」
「あ、ミホークさん」
「…随分と飾り気がないな」
「いやそのすみません…じゃなくて、これお返しします、使っちゃった分も必ず返すので!!ありがとうございました!!」

出会い頭に余った分を渡してともかくお礼を言いまくる。
はたから見ればおかしな光景なんだろうけれど、そんなことはどうでもいい。
きっとミホークさんも、周りの目を気にするようなタイプではないはずだ。

「…気にするな」
「そういうわけにはいきません」
「おれがいいと言っているんだ、気にするな」
「人生そんなに甘くはないです」
「……おれが好きでやった事だ、否定をするな」
「だから……え?」

暫く押し問答が続いたけれど、それはミホークさんの発した言葉によって遮られてしまった。
こんなに世話になったのだから、気にするなと言う方が無理な話だ。
何から何までお世話になりっぱなしですみませんなんて、私はそんな甘っちょろいことを言えるタイプじゃない。
そうやって育てられたし、小さい頃からそういう世界に身を置いてきた。
だけど、この分はちゃんと生活できるようになったら稼いで返すつもりだったのに、そんな言われ方をしてしまっては言い返せなくなってしまう。
他力本願は許されない、だけど人の好意は無碍にするな。
そんな父親の言葉が脳裏を過る。

「お前を拾ったのもここに連れてきたのもおれの意志だ」
「……は、い」
「気負う必要はない」
「…ありがとう、ございます」

本当に、なんてマイペースな人だろう。
けれどそんな言葉少ないミホークさんに流されてしまうことが、不快に感じられない。

「けど、私にできることがあれば何でも言って下さい!!」
「…そうしよう」

好意を受け取ったのなら、それに値する以上のものを返せばいい。
その方法は、まだ模索中ではあるけれど。

「何言われても頑張りますから!!」
「楽しみにしている」

そうやってふとした瞬間に笑ってくれるのが、たまらなく嬉しかった。





(まだ、出会って1日も経っていないけれど)

(…拾って正解、だったな)
(拾われて良かった、かも)


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