S×R 鷹連載 | ナノ


003


「異海人?」



暫くぼんやりとしていた私の脳内で、繰り返し反復された男性の言葉。
お互いに黙りこくってしまって、それからどれだけの時間が経ったのかは分からない。
けれど私は唐突に、聞き慣れないその単語に疑問符を付けて復唱した。

「そういう伝説がある」
「伝説?」
「伝説ではあるが、実在すると聞いた」

おれも会うのは初めてだ、と言ってから。
男性は、その“異海人”というものについて静かに語ってくれた。
青い空青い海、そして白い砂浜。
そこでずぶ濡れの女と十字架を背負った男が2m程の距離を保ったまま直立している光景は、さぞや奇妙なものなんだろうと他人事のように考えた。





「…それじゃ私は、世にも奇妙な海流に流されてこの世界に連れてこられて、奇跡に奇跡が重なったような確率で生き延びてこの島に流れ着いたってことですか」
「そうなるな」
「……そんなばかな!!」

話を聞いた私は、思わず頭を抱えた。
ぐぉぉ、と天を仰げば頭上には人の気も知らずに暢気に鴎が鳴いていて、野蛮ではあるけれど出来ることなら撃ち落としたい気さえしてしまう。
そのくらい、とんでもない話だったのだ。

異海人というのはこの世界で伝説のようになっている存在のことで、グランドライン上で極々稀に発生する謎の海流に流されて異なる世界の海からやってくるらしい。
それが発生する頻度は分かっていないけれど、生体として発見されるのはたいっっっへんに稀で。
その殆どは海流に呑まれたまま死亡するか、海王類という巨大な生物の餌になると。
世界政府(というのがこの世界の中枢みたいなものらしい)の記録上数名の名前が残っているけれど、そのどれもが最終的に早い段階での死亡もしくは自害、所在不明・生死不明となっている…と。

「おそろしい…おそろしすぎる…!!!!!」
「何がだ」
「運よく生き伸びられてもすぐに死んじゃうなんて…恐怖だ理不尽だ横暴だ」
「…そうかもしれんな」
「じゃぁアレですか、私もそのうち死ぬんですかこの世とはオサラバする羽目になるんですか!!」
「……知らん」
「運悪く変な海流に呑まれて運よく助かって結局死ぬとか一体…私が一体何をしたっていうんだ…!!」
「………」

なんて恐ろしい話だ。
というか、なんって理不尽な話だ。
私はただ鎌倉の海で遊んでいただけなのに、勝手に知らない世界に連れてこられて、しかも知らないうちに生か死かっていう物凄く危ない橋を渡らされてて、その上もうすぐ死ぬかもしれないってか。

考えていたら、いつの間にか握りしめていた拳がフルフルと震え始めた。
これはあれだ、間違いない。

私は、怒っているんだ。
誰に、とか何に、なんて聞かれても答えられないけれど、強いて言うなら私が今まさに置かれている状況に対して怒っているのだ。

私の独り言に付き合いきれなくなったのか男性がいつの間にやら黙ってしまってることには何となく気付いていたけれど、やっぱりなんていうか、沸々と怒りが込み上げてくる。
ふざけるな、ナメんな、と。

「…なんだか、大人しく死んでたまるかって気分になってきました」

そうだ。
よくわからないままこんなことに巻き込まれて野垂れ死ねなんてふざけた話じゃないか。
勝手に違う世界に飛ばされて生死の境を彷徨って最後は死ねなんて、そんな神様がいるなら私は一発と言わず再起不能になるまでぶん殴ってやりたい。

帰る術は分からない。
私は奇跡的にこの世界に生きて降り立った。
なら、存分にこの世界で生きてやろうじゃないか。
異海人だかなんだか知らないけど、何もしないまま例に漏れずくたばるなんて、そんなの真っ平ごめんだ。

「…ほう」

決意して、天を仰いでいた視線を異海人について教えてくれた男性に向けた。
私の目にその意思を読み取ったのか、彼は金色の目を細め、真一文字に結ばれていた唇の端を僅かに持ち上げていた。

「教えてくれて、ありがとうございました」
「これからどうするつもりだ」
「分かりません。でも、どうにかします」

正直言って、少し怖い。
私はまだこの世界について知らないことが多すぎる。
だけどもう生きるって決めたから、そんな泣き言は言っていられない。
町を探して、仕事を探して、出来ることなら異海人というものについての情報を集める。
両親を亡くした後だって、私はどうにか生きてこれたんだ。
きっと、何とかなる。

彼は、恐らく私の声がほんの少し震えていることに気付いているのだろう。
そして握りしめたままの拳が、怒りとは違う意味で震えていることにも。
全てを見透かすような金色の視線が、それ以上何も言わない私を貫く。
波の音が、ようやく私の鼓膜を揺らし始めた。



「…面白い」

どれ位の時間が経ったのだろう。
フッ、と吐息のような笑みを溢して、男性は目を伏せた。

「主は、この世界ではあまりに弱い…が、強くもある」

また、私の耳はこの人の声以外をキャッチしなくなったようだ。
不思議と、私とこの人がいる空間だけ別の時間が流れているような錯覚を覚える。
そして次に届いた言葉で、私の瞳から一筋だけ、暖かい雫が零れた。


「おれと共に来ればいい」



一人で生きなくてはと思いながら、心のどこかでこの言葉を欲していたのかもしれない。





「…ありがとうおじさん!!」
「……おじさん?おれはミホーク。ジュラキュール・ミホークだ」
「…ジュラク…ジュラキ……どっちが名前ですか」
「………ミホークでいい」


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