S×R 鷹連載 | ナノ


001


眠りから浮上して急に感じた眩しさに、ぼんやりと目を開く。


両親の夢を、見た。
まだ私が大学に入って間もない頃、実家で両親と暮らしていた時の日常。
それが過去の思い出になってしまう日が来るなんて、思ってもいなかった頃の。
突然の事故で両親をいっぺんに失ってしまう日が来るなんて、考えもしなかった頃の自分が両親と笑っている頃の、夢。
内容は思い出せないけれど、夢の中で私達は笑っていて、とても幸せな夢だったのだと思う。
一人で暮らすようになってからも、何度も見た夢だ。
こうしていつも、ぼんやりと両親の笑顔が脳裏に浮かんだ状態で目が覚める。
まだ少し寂しいけれど悲しい夢ではないから、これを見た日の目覚めは悪くない。
あぁ、それなのに、濡れて張り付く服と頬に当たる砂が気持ち悪い。

…ん?砂が気持ち悪い?

「……はぁ!!?」

がばちょ、と勢いよく起き上がって自分が寝ていた場所を見る。
…砂だ。
起き上がったときに下に付いた手を握れば、ざりざりと指の間を砂の粒が抜けていく感覚がある。
感覚が、ある。

「私…生きてる?」

両手を付いて砂の地面を見つめたまま蹲って、ついさっき私を襲った出来事を反復してみる。
友人たちと鎌倉に来て、遊んで、遊んで、夕日に向かって走って、バカみたいだねって笑って、写真を撮って、何かに呼ばれた気がして、振り向いて、それでそれで…

確かに私は、突然の高波に呑み込まれた筈だ。
波の向こう側の沈みかけの夕陽の光が反射した水飛沫が綺麗だなんて考える暇もなく頭に重たい衝撃を感じて、それから確かに足が地面から離れるのを感じた筈だ。
思い出すだけで恐ろしいけれど、確かに塩辛い海の水をしこたま飲み込んで溺れた筈、だ。

私は地面ばかりを見つめていた視線を徐に上げた。
太陽は頭上で眩しく輝いている。
その光が水面に反射する海は、見事なまでのコバルトブルー。
空の彼方では鴎が鳴いていて、吹き抜ける風は今まで感じたことのないくらい爽やかだ。
そしてずぶ濡れになっているにもかかわらず、心なしか暖かい。

…そんな馬鹿な。

ここは一体何処だ。
私がいたのはまだまだ寒い2月の鎌倉で、そもそも本州でこんなリゾートみたいなコバルトブルーの海が見れるなんて聞いたこともない。
知らないだけで本当はあるのかもしれないけど、どっちにしろヤシの木が生えていたり馬鹿みたいに綺麗な白い砂浜が広がっていたり、少なくともここはどう見ても、鎌倉の海じゃぁない。
波に攫われて、そのまま沖縄にでも流されたとでもいうのか。
…そんなバナナ。

いくらなんでもそれはあり得ない、だって意識を失っていたのなんてせいぜい数時間か半日程度…だと、思う。
そこまで考えて、慌ててポケットを弄りケータイを取り出す。
あぁ買い替える時に防水ケータイをチョイスしておいて良かった。
開いたケータイのディスプレイが表示されたことに安堵するも、次の瞬間にはそこに表示された文字に愕然とした。

電波、圏外。
時間、--:--。

電波が圏外なのはまぁ良しとしよう。
でも何だ、--:--て。
時間は何処に消えた。防水と言いつつ海水に浸されて壊れてしまったのか。
とりあえずメニューを開いてみたらいつも通り起動したから、本体が壊れたわけではないのかもしれない。
そのままスケジュールを開いて、日付を確認する。
…2月5日、確かに鎌倉に遊びに来たのと同じ日付だ。
だとしたらおかしいじゃないか、あの時既に日は沈みかけていて、なのにここは真昼間。
季節も冬とは思えないし、白い砂浜青い海をそのまま形にしたようなこの場所はもはや日本とは思えない。
仮にケータイが壊れていてあれから数日が経っているとしても、身一つで波に攫われた人間が漂流して無事に遠くの島に流れ着くなんて話は聞いたこともないし、ましてそれが自分の身に起こったといわれて信じられるわけがない。

…なんてこった。ここは何処なんだ。
唯一分かるのは、私が今生きているということだけ。
何故かはわからないけれど、ここが天国とか死後の世界とか、そういった類のものではないということだけは確信が持てるのだ。
でもそれが何になる。
眼前に広がるのは、静かに凪ぐコバルトブルーの海。
頭上には、白い雲が流れる穏やかな青い空。
そのまま左方向に首を回して後ろを振り返れば、鬱蒼と生い茂る常夏を絵に描いたような木々。
人工的なものは何もない。
人の気配もない。
ここが何処かも分からないし、それを尋ねる相手もいないときた。
あの高波に呑まれてなおこうして奇跡的に生きているとはいっても、サバイバル術なんて習ったことはないのだ、私は。

どうしたらいい。
私は、一体どうすればいい。

「…おい」

絶望に打ちひしがれる私の耳に、波に攫われる前に聞いたのとは全く別の…
低い男性の声が届いた。

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