S×R 鷹連載 | ナノ


040


自分の両掌にすっぽりと収まった、少しだけ重みのある小さな剣。
私はそれを数秒間凝視して、もう一度ミホークさんを見た。

「これ、って……」

好きに使っていいと案内された部屋に入ったと同時に、まるでたった今思い出したかのように何の前触れもなくミホークさんから手渡されたもの。
それは、小さいくせにやたらと存在感のある剣、だった。
何も言わずにそれを手渡してきたミホークさんを見て、また剣に視線を落とす。
サイズ的に、懐刀―あるいは懐剣と呼ばれるものだろうか。
まるでそれが自然であるかのように、私の手は黒い革製の鞘の留め具を外して短い刀身を抜く。
一見すると細身の十字架にも見えるそれには細やかな細工が施されていて、けれどゴテゴテとした印象はないから不思議だ。
綺麗で、繊細で、だけど立派に殺傷能力を持っているだろう鋭利な切っ先。
素人目で見ても、立派な代物だという事が分かった。

「……仮に、」
「?」

頭上から声が聞こえて、もう一度ミホークさんを見上げる。
背中の大刀を降ろすこともせず腕を組んでこちらを見据えるその瞳は、今まで見たどの瞳とも違う、ような。

「……ミホークさん?」
「お前が、元の世界に戻れるのなら……」
「え、」

ミホークさんの大きな手が、鞘と懐剣を持つ私の両手に添えられる。
その動きに合わせて、剣は鞘に収められた。

「お前は、この世界を…おれを忘れるか?」

カチリ、と。
鞘の留め具が元あった位置に戻される音は、ミホークさんの声に掻き消されてしまった。

「(……あ)」

唐突に、思い出した。
いつだったか、船の上で。
ケータイの話をした時、ミホークさんは何と言っていただろう。

『……大切なものか』
『もし元の世界に戻れなくても、これがあれば、大切な人達を忘れずにすむような気がして』
『……そうか』

あの時、ケータイに視線を落としながら何かを考えているようだったミホークさん。
目を細めて笑ってくれたミホークさん。
そして今、ケータイとさほど変わらない大きさの懐剣を手渡して、真剣な眼差しを向けてくるミホークさん。

……その答えに辿り着いて、私は思わず目の前のミホークさんに抱き付いた。

「私、絶対、どんな時でも、何があっても、持っておきますから」
「……うむ」
「とにかく何が何でも手放しませんから」
「……あぁ」

本当は、今ここにいた証となる特別な物なんてなくてもミホークさんを忘れたりなんかしませんと言いたかったけれど。
その証をミホークさんがくれたことが嬉しくて嬉しくて、それを伝えるのに精一杯だ。

「……ごんべ」

ふわりと背中に腕が回されて、抱きついていた筈の私がミホークさんに抱き締められる。
何処か甘い響きを持った声で名前を呼ばれて、私はもう一度、ミホークさんの背中に回した腕に力を込めた。

「でも私はもう、ここから離れたくないです」
「……」
「やっぱり、ミホークさんと一緒にいたいです」
「……そうか」

その一言と一緒にミホークさんが吐息で笑って、微かに髪が揺れてくすぐったい。
額越しに感じる鼓動が今ここに存在することを教えてくれているようで、私は右手に持ったままの懐剣をぎゅっと握りしめた。





この世界で生きるのと引き換えに自分が手放すものの大きさは、分かっているつもりだ。
今までの二十数年間が、全てただの“記憶”となってしまうということ。
それはとても重たくて、苦しくて、辛い。
けれど今、元の世界に戻れるよ、さぁどうすると聞かれたら、それでも私はこの世界に残ることを選ぶだろう。
今ここを離れたら、きっと一生後悔し続けることになるから。
ミホークさんを、ただの“記憶”にはしたくないから。

実際には私に選択権なんてものはないのだろうけど。
私はもう、決めたんだ。





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刀じゃ肌身離さずってわけにもいかないので懐剣、ってな具合です。特注だったらいい。←分かりにくくてすみません(笑)

ここまで読んで下さりありがとうございました!!
これにて『鷹に拾われた私』はひと段落です。
今後はスパルタ特訓編(爆)を経て原作と絡めつつもうちょっと関係をどうにかしようかと思っておりますので、宜しければ今後ともお付き合い下さいませ。


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