S×R 鷹連載 | ナノ


033


初めて真剣で人を斬ってしまったり、改めて元の世界との繋がりを考えたり。
あの島に立ち寄ってから、私の心はゆらゆらと覚束ないままだったような気がする。
けれどその度にミホークさんの眼差しに救われて、本当に私はミホークさんから与えられてばかりだな、なんて。
だから航海を再開してからはずっと、一人暮らしをしていた頃の5割増しくらいに(正直なところ、一食におかずを3種類以上用意することなんて友達とのクリスマスパーティー以来だったかもしれない)気合を入れてご飯を作ったり出来る範囲で掃除をしたりしていたのだけど、如何せんこの気候はいただけない。

「……寒いですね」
「冬島が近いのだろう」

ミホークさんが拠点にしている島を目的地に進むと言われたのはつい昨日のことだ。
あと1つか2つの島を経由して向かうと言われたけれど、ここ数日寒い日が続いていると思ったらついには雪が降り始めたのだ。
このグランドラインには春島とか夏島とかが点在していて、地球のように気候区分がはっきりしていないと教わって慌てて調達した冬物の上着を着ても、とにかく寒い。
お昼までの自分の仕事(と勝手に決めていることだけど)は悴む手でどうにか終えたけれど。
残念ながら雪を見てはしゃぐような年でもないから、私は甲板に出て雪を眺めるでもなく、ミホークさんと共に船室で温かい紅茶を飲んでいるところだ。

「その島には寄るんですか?」
「いや、そのつもりはない」

ミホークさんから行きたいのかと尋ねられるも、指先を温めるようにカップを持ちながら小さく頭を振った。

「冬島には興味あるんですけど、今こんなに凍えてるようじゃ…行ったところで動けなくなりそうです」
「そうかもしれんな」
「冬島は、夏を狙って行きましょう」
「…おれもそこまでは把握していないが」
「そこは運任せです」
「おかしな奴だ」

クク、と喉の奥で笑って、ミホークさんは席を立った。
航海術の“こ”の字も知らない私には何をどうやっているのかさっぱり分からないけれど、時折こうして甲板に出ているのはきっと進行方向を確かめたりしているんだろう。
こればっかりは手伝うこともできないから、飲み終えた二人分のカップを片付けて、私は以前ミホークさんに買ってもらった本を机に広げた。
まだ1冊目だけれど、寝る前だとか食事の後だとか、暇を見つけては読み進めているその本は聞いたことのない物語だった。
この世界の書き言葉である英語に慣れるために読んでいるこの本は、物語になっているぶん小難しい単語は使われていなくて、フィーリング(前後の知っている単語から話の流れで意味を当てはめていくという、受験でお馴染みのアレだ)で読み進めていくことができるからそれなりに面白い。
ようやっと半分まで差し掛かったそれは、ちょうど主人公が最大の難関に出くわしたところだ。

「(この剣…戻る…使う……あ、この剣を使ってしまったら、もう今までの自分に戻ることはできない、かな?)」

なんだか自分と似ているような気がして、ふと読み進める視線が止まる。
確かに私も、あの時刀を振るってから以前のままの自分ではなくなったような感覚なのだ。
元の世界で生きていた自分と今この世界にいる自分とは、何かが違うような。
上手く言い表すことはできないけれど、この世界で生きていく、本当の意味での覚悟ができた…もしくは築き上げられ始めた、ということなんだろうか。

けれどそこまで考えて、私は本を閉じた。
今はもう、ここで生きるために強くなることを考える時なのだと。

「2、3日で冬島の海域も抜けるだろう」

トントン、と階段を降りる靴音が聞こえて視線を向ければ、ミホークさんがそこにいた。
流石のミホークさんも、雪が降っている中でいつものように甲板の椅子で昼寝をするつもりはないらしい。
私の感覚からすると屋根のないあの場所では自分の体に雪が積もってしまうから昼寝なんて考えられないけれど、ミホークさんならやりかねない…とちょっぴり、本当にちょっぴり思っていたから安心した。

「紅茶、飲みますか?」
「いや…」

こちらに近づくミホークさんに尋ねてみたけれど、今度は机ではなくベッドに向かってしまった。
そのまま様子を伺えば、少しの移動でも持ち歩いている黒刀をいつもの定位置に立てかけて、ベッドに仰向けに横たわった。

「…寝る」
「はは、お休みなさい」
「うむ」

甲板に出なくても、昼寝はするらしい。
肌蹴たコートから見える素肌が寒そうだけれど、平気なのだろうか。
帽子を顔に被せてしまったミホークさんを見て、ふと考える。
そういえば、私がご飯を作っている時とか、本を読んでいる時とか。
今までは甲板にいたミホークさんが、私と一緒に船内に降りてくるようになったのはいつからだっただろう。
椅子に座ったまま、私の視線に気付いていない筈はないのに早くも静かな寝息を立て始めたミホークさんをじっと眺める。

私は自分の頬が段々と緩んでいくのを止めようともせず、もう一度本を開いた。

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