S×R 鷹連載 | ナノ


032


「……それで、先程の物はなんだ?」
「え、あ…ケータイ」

ようやくミホークさんの眉間の皺が消えたところで(結局不機嫌の原因は分からずじまいだった)、話は元に戻る。
私はもう一度鞄を漁ってケータイを取り出し、ベッドに腰かけたままのミホークさんに見せてみた。

「ケータイ、というのか」
「正確には携帯電話なんですけど…」
「電話?これがか」
「電話だけじゃなくて、手紙のやり取りとか写真を撮ったりも出来るんですよ」
「ほう…」

長らく放置していたから当たり前のように電池切れで電源は入らないけれど、それでもミホークさんは興味津々と言った様子で折り畳み式のそれをパカパカと動かしていた(一瞬でも可愛いと思ってしまったことは墓場まで持っていこうと思う)。
しかし次の瞬間危うく逆パカされそうになって、寸での所で取り戻した。

「そそそそっち側に折っちゃダメですよ、壊れます!!」
「そうなのか」
「あ、危ない…」

ふぉぉ、と変な息を吐いて、ギリギリ無事だったケータイを握り締める。
たとえ使えなくとも、このケータイと鞄の中で眠ったままのデジカメは廃棄処分するつもりはなかった。
今となっては唯一、元の世界と自分を繋げる物のような気がしてならないのだ。

「…大切なものか」
「え?」
「そのような顔をしている」

一体私はどんな顔をしてケータイを見詰めていたというのか。
ベッドに座ったミホークさんと立っている私、いつもと目線の高さが逆転した状態でこっちを見上げるミホークさんの目は真剣そのものだった。
大切、と言えば大切だ。
けれどそれは一種の宝物とかそういった意味合いではなくて、一体何と説明すれば伝わるのか。

「大切、というか」

ミホークさんに、言ってしまっても良いのだろうか。
さっきケータイを見たときに考えたことを。
窺うようにミホークさんを見詰め返せば、その瞳は相変わらず揺らぐことなく、ただ真っ直ぐだった。

「私と元の世界との、繋がり、というか」

あぁこの瞳は、人を斬って震える私を立たせてくれた時と同じ瞳だ。

「もし元の世界に戻れなくても、これがあれば、大切な人達を忘れずにすむような気がして」

ただ、それだけなんですけど、とだけ告げる。
ミホークさんに、伝わっただろうか。
この世界で生きるにしても、もし仮に向こうで私の存在がなかったことになっていたとしても、せめて私は皆のことを忘れないでおきたい。
ケータイをなくしたくないと思うのは、つまりはそういうことなんだと思う。
これは、我儘なのかもしれない。
こっちもあっちも、なんて。
使えない機械をその拠所にするなんて、結局のところ私は弱いのかもしれない。
けど、それでも私はこれを手放したくはなかった。
今この世界に一緒にいたいと思う人がいて、この世界で生きていこうという気持ちはある。
けれど向こうの世界のこと、そこにいる人達のことを忘れずにいることくらい、許して欲しいと。
私をこの世界に送り込んだ運命に、いるのであれば神様という存在に、そう願いたかった。

「…そうか」

ミホークさんは私とケータイを交互に見て、暫し何かを考えているようだったけれど。
ここでミホークさんと一緒にいたいという気持ちは変わってないです、と次に私が口を開く前に、ミホークさんは目を細めて笑ってくれた。

大丈夫。
きっとちゃんと、伝わったはず。

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