S×R 鷹連載 | ナノ


030


シャワーを浴び終えて、自分の荷物が小さく纏められた鞄を漁る。
シャワーついでに海水を洗い流した服は軽く絞っておいて、新しく着替えを取り出した。
小さな船ではあるけど、こうしてきちんと脱衣所まで設けてあるのには脱帽だ。
そうして服を着ようと立ち上がった時、ごろ、と小さな音がして床を見下ろしたら目に入った、もの。

「(ケータイ…)」

鞄から転がり出て音を立てたのは、今はもうたった二つしかない元の世界からの持ち物の一つ、ケータイだった。
まだこの世界に来て日は浅いけれど、色んな事がありすぎてその存在をすっかり忘れていた。
以前はメールやmi●iやらのサイトを一日に何度もチェックしていた現代っ子が、ケータイの存在そのものを忘れていたなんてなんだか笑えてしまう。
けれどそれを手にした私の顔からは、徐々にその笑いも薄れていった。
元の世界に両親はいない。
けれど、このケータイに登録されている友人達は今どうしているんだろう。
世話になった道場の人達は。親戚たちは。
このケータイで連絡をとる筈だった、一緒に鎌倉に来ていた彼女達は。

そして、元の世界での私は。

突然やってきたこの世界に順応するのに精一杯で、忘れかけていた記憶。
たったこれだけの期間で忘れかけてしまうなんて、これから先もっと時間が経ったら、私の記憶から元の世界のことが消えてしまうのだろうか。
そもそも、結局のところ私は元の世界に戻ることはできるのか。
いつかは分からないけれど、もし戻れるとしたら、その時向こうでの私は一体どうなっているんだろう。
行方不明なのか、死んだと思われているのか、忘れ去られているのか。

「そ、か…私、」

元の世界に戻れる保証はない。
けれど、いつか戻れる日が来るかもしれない。

いつから、帰ることよりもこの世界で生きることを考えるようになったのか。
ここが違う世界だと気付いた時から?ミホークさんと会ってから?
いずれにしても、確実なのはミホークさんと一緒にいたいと願った私がいるということだ。
あっちに戻れたら、それはそれで嬉しいだろう。
だって向こうには友人達がいる。
両親がいなくなってから、私を支えてくれた人達がいる。
こうして思い出すと、彼らに会えないのは本当に辛いことで、寂しい。
けれどいざ帰った時、私は何を思うだろう。

「……ミホークさん、」

私はもともと、この世界の住人ではない。
いつか、帰る時が来るかもしれない。
それは、この世界で出会った人達との別れを意味するもので。
それはつまり、ミホークさんとの別れを意味するもので。

元の世界と、この世界。
どっちにも揺れなくなってしまった天秤。
可笑しなことだと思いながらも、こんなことを考えさせたケータイが少しだけ憎いと思ってしまった。





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うっかり忘れそうになる事実、トリップしたことを思い出してみようの回。←

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