S×R 鷹連載 | ナノ


029


海に出ても空模様は相変わらず薄暗く淀んでいて、あの島の海域を抜けるまでこれが続くのかと思うと少し気が滅入りそうだった。
そんな私は今、首と手の平の傷を治療してもらってからミホークさんに言われて船室で横になっている。
ただの掠り傷だから放っておけば治ると言ったのに、ミホークさんは眉を寄せた次の瞬間に無言で消毒液を傷口にぶちまけたかと思うと(正直ちょっと痛かった)、意外なほど慣れた手つきでガーゼを当ててくれた。
そんなミホークさんは相変わらず船備え付けの椅子に座って、大海原を眺めている筈だ。

大丈夫と自分に言い聞かせてはいるけれど、それでも初めて人を斬った感触がどうしても消えなくて、まだ少しだけ手が震えているような気がする。

「(人を、斬らない剣…)」

朱塗りの鞘に収められた刀を、顔の上にかざしてみる。
この刀で、この腕で、私は何ができるんだろう。
せめて、ミホークさんの邪魔にならないように…あわよくば、少しでも役に立てるくらいにはなりたい、と思う。
もしかしたらそれが、この世界で私が生きる意味に繋がるかもしれないから。
それこそ独り善がりな思い上がりかもしれないけれど、教えてくれると言われたからには期待される以上の結果を出したいのである。

「それにしてもさっきから揺れ…ふぎゃっ!!!」

そんなことを考えながらぼーっと天井ばかり眺めていたからあまり気にならなかったのだけど、気がつけばなんだか船が揺れているような。
そう思って立ち上がった瞬間、一際大きく揺れた床に上手く踏ん張ることができなくて思いっきり顔から床にダイブしてしまった。
これは痛い。
だけど船の上にいる筈のミホークさんから何も言われないことが痛みよりも不安を煽って、慌てて立ち上がって扉に向かった。



「ミホークさ、」

ばっしゃーん。

ダダダ、と扉の先の階段を駆け上がって、ミホークさんがいる筈の椅子の方を振り返った瞬間。そんな擬音がふさわしい波が、階段脇の壁に手を着いた私に降りかかった。

「…下にいろと言っただろう」

荒れる波なんてものともせずに、椅子に座ったままのミホークさんがこっちを振り返って、呆れたような笑みを浮かべているのが見える。
塩水が入った目が痛い。
ついでに身体に張り付く服が気持ち悪い。

「そういう…ことだったんですね…」
「どうした」
「凄い時化ですね」

てっきり、島でのことで取り乱した私を落ち着かせるためだけに下にいろと言われているのかと思っていたけれど、実際はそれだけじゃなかったらしい。
時化が来るから下にいろと、そういう意味も含まれていたとは、頭から波をかぶった今この時初めて気付いた。ついでに言うなら気付くのが遅すぎた。

「なんでそんな、平然としてるんですか?」
「この程度なら軽いものだ」

波の音と風の音に掻き消されそうで(それに壁から手を離したら海に落ちそうだからこれ以上ミホークさんに近づけない)、大声を張り上げる私の耳に届く声には焦った様子は微塵も感じられなくて、純粋に凄いと思う。
こんなところでもマイペースっぷりが発揮されるのかと間違った感心をしている私に、再び船を叩いた波が跳ねてきた。
もう一度頭から塩水を被って、助けを求めるようにミホークさんを見てみれば一言、「下にいろ」という言葉を苦笑と共に賜ってしまった。

「シャワー…借りよう…」

海水が室内に入り込まないように気を付けながら再び船内に下りた私は、人知れず小さな溜息を零した。

…せっかく治療してもらったガーゼも、全部外さなければ。

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