S×R 鷹連載 | ナノ


028


男の気がミホークさんに逸れたその一瞬が、勝負だった。
正直言って、護身術を身に付けていてよかったとこの時ほど強く思ったことはない。
ほんの一瞬、ほんの少し自分の首からダガーの刃が浮いた刹那、力いっぱい男の爪先を踏み付けると同時に刀の柄を掴んでいた右手を離し、男の鳩尾目掛けて思いっきり肘を突き付ける。
急所を突かれればどんなに鍛えていようとも一瞬は息が詰まるわけで、男がウ、と呻いた時にはその右手に構えられていたダガーを左手で払い落した。
実践するのは初めてだから目測を誤って手の端をすこし切ってしまったけれど、教えられた型通りに動いてどうにか出来る程度の相手で、それがたった一人だったのが幸いだった。
凶器さえ奪ってしまえばこっちのものとばかりに身を翻し、振り向きざまに腰の刀を抜いた。

「テメェよくも…!!」
「(な、なんとかなった…!!)」

男の手から逃れて、張り詰めていた神経が緩んだのか膝が折れそうになった。
けれどここで膝を付いたら意味がないと自分に言い聞かせて、なんとか堪える。
背後では、私が上手く抜け出したことを確認してミホークさんが再び刀を振るい始めたんだろう。金属同士が触れ合う音と、男達が地に伏せる呻き声が聞こえてきた。
私を拘束していた男は取り落としたダガーを拾うことなく今度は剣を手にしていて、それを確認した私は持っていた刀を中段に構えた。

すぅ、と浅く長めに息を吐いて、相手が動くのを待つ。
こんなに緊張するのはいつ振りだろうと、文字通り命のかかった戦いを前にドクドクと心臓が脈打つのを感じた。

「ふざけやがって!!!」

型にはまらない男の動きは、実戦向きのものなんだろう。ここが敵味方入り乱れた激戦区なら危なかったかもしれない。
けれど混戦が繰り広げられているのはミホークさんの周囲だけで、彼の意図に寄ってなのだろうか、こっちには目の前の男以外近付くことはなった。
大柄な体躯にしては素早い動きで距離を詰めた男は、走る勢いのまま剣を振り上げる。
素直すぎるその軌道をしっかりと捉えて男の懐の左側に飛び込めば、振り下ろされた剣は私の身体を掠めることなく、空を切った。

「な、」
「…ッ!!」

条件反射のようなものだった。
男のガラ空きの胴を目掛けて刀を振るったのは。
けれどその時の私は竹刀を持っている感覚で、だけどこの刀には刃があったのだ。
当然の如く私には峰打ちを意識している余裕なんてなくて、刀が男の肉を裂く感触がダイレクトに伝わってきたことに動きを止める。
倒れこむ男の身体から上がった血飛沫が頬を掠めて、そこでやっと、私は自分のしでかしたことの大きさに膝をついた。

地面に倒れたまま物音ひとつ立てなくなった男の方を振り返ることができない。
見ているのと自分が手を下すのとでは、全く違う。
周囲から音が消えて、まるで知らない世界に自分一人だけが取り残されたかのような気分だった。



「…行くぞ」
「……あ、」

ミホークさん、と。
続けたかった言葉は喉の奥で突っかかって、それ以上出てくることはなかった。
膝をついたままの私を抱き込むように肩に添えられた大きな手は、そのままぐ、と力を込めて立ち上がらせてくれた。

「安心しろ、あの男は生きている」
「…よか、た」
「……すまなかった」

ひゅんと空を切って、血糊を払われた刀は鞘ごとミホークさんが受け取ってくれた。
きっとこの人は、自分が戦いながらもずっと私のことを見ていたんだろう。それで、私が負けることはないと確信して手を出さなかったのだ。
だけど、人を斬った事で私がこんなにも動揺するのは予想していなかったのかもしれない。
実際私の世界が平和だと話した時も、まるで想像がついていない様子だったのだからそれは仕方がないのだと思う。
私ですら、男の腕から逃れたあの時、自分がこうなることなんて予想もしていなかったのだから。

「ごめんなさい、私、」
「何を謝る」
「…目を、逸らしました」

そうだ、私は目を逸らしてしまったのだ。
ミホークさんの戦う場面を見て、そして男の拘束から自力で逃れることまでしておいて、一番肝心なところで目を逸らしてしまった。自分が引き起こした、その結果から。

「私、弱いですね」
「…ごんべ」
「強く、なりたいです」

このままでは、私はミホークさんの足を引っ張るだけだ。
一緒にいたいと望みながら、一緒にいることが迷惑になってしまうかもしれないというジレンマに直面して、どうすればいいのか考えても強くなる以外の方法が見つからない。
遣る瀬無さからミホークさんを直視できないでいると、何時だったかと同じように頬に触れる大きな手の感触。
その手に促されて見上げた先には、揺らぐことのない金の瞳があった。

「人を斬ることに慣れる必要はない」
「…え、」
「お前の力は見せてもらった」

す、と、ミホークさんが持っていた刀を差し出される。
一瞬躊躇してしまったけれど、両手でそれを受け取れば、ミホークさんはくしゃりと私の髪を撫ぜて背中を向けた。

「…人を斬らぬ剣を、教えてやろう」

慰めることをしない優しさ。
何ともミホークさんらしいそれに、目頭がぎゅっと熱くなるのを感じた。

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