027
さっさと終わらせたかったのか人数が多くて面倒だったのか、早々に黒刀を抜いたミホークさんは何の遠慮もなくバッサバッサと襲い掛かる男達を斬り倒していく。
人が血を流して倒れていく様は目を覆いたくなるような光景である筈なのに、ミホークさんの鮮やか過ぎるほど滑らかな動きに思わず目を奪われてしまった。
綺麗だとさえ、思えてしまう。
人が真剣で斬られるのを見て喜ぶほど危ない思考は持ち合わせていないけれど、それでも目を離せなくなってしまったのだ。
恐怖や戦慄ではなく、それとは違った、何か他の感情によって。
…本当に、この人は強い。
いくら人数が多くても、男達とミホークさんの実力の差は歴然で、勝負はすぐにつくかのように見えた。
勇猛果敢と言うべきか身の程知らずと言うべきか(ミホークさんに言わせれば間違いなく後者だろう)、飛び掛かって行く男達の人数も半分以下に減っていた。
…それなのに、どうして事態は思うように進んでくれないのだろう。
「動くなよ」
「…え」
後ろにあるのは民家だと、目の前で繰り広げられる戦いに目を奪われて背後の注意を怠っていたのがいけなかった。
民家だからと言って、今そこにいるのが一般人だとは限らなかったのだ。
私はまだ、この世界の危険に対する認識が甘かったのだろうか。
「こいつがどうなってもいいのか!!」
まるでお約束な台詞を吐いて、私の首元にダガーを突き付ける男はニヤリと卑下た笑いを浮かべているらしい。
それまで一方的なまでの攻撃を続けざまに繰り出していたミホークさんの手が、止まった。
「このお嬢ちゃんが大事らしいじゃねェか、なァ鷹の目?」
「……」
私の手は、未だに腰に差した刀の柄を握り締めたままだ。
首に刃物を突き付けられているというのに、不思議と足が竦むなんてこともない。
これはきっと恐怖を感じていないとかそんなのではなくて、自分の命が危険に晒されているという実感がないのだ。
今までも船の上で海王類に食べられそうになったり、海で海賊船から襲撃されたりしたことはあったけれど。これは、それとは全然違う。
こうして自分が置かれている状況を客観的に分析している時点で、反応としては間違っているんだろうと思う。
けれど今私が考えているのは、手を止めないでミホークさん、早速邪魔してるじゃないか自分の馬鹿、ただそれだけだった。
「聞いた通りだぜ、動けねェか!!」
「…大体、想像はつくが」
ゲラゲラと一々癇に障る笑い方をしてくれる。
だけど、ピリ、と一瞬だけ首元に感じた痛みに気付いてやっと、私の頭は死ぬかもしれないという恐怖を認識し始めた。
過敏になった神経は、生ぬるい液体が自分の首筋を伝うのすら鮮明に感じ取る。
それでも、ここで助けてくれと命乞いをするなんて、そんなことはしたくなかった。
ガタガタと震えそうになる歯を食い縛って、崩れ落ちそうになる足を踏ん張って。
こんな小娘風情でも、一介の剣士なのだ…真剣こそ使ったことはないけれど。
とにかく私は、やる前から負けを認めるほど、柔な育ち方はしていないのだ。
「…貴様、後悔することになるぞ」
「な、何とでも言え!!手が出せないならこっちのもんだろうが!!」
ミホークさんと目が合った。
その金の瞳は揺れることなくまっすぐに私を見据えていて、他の人であれば畏怖してしまうであろうその瞳も私にとっては安心を与える以外の何物でもなくて。
だから私は、それに応えたいと思った。
きっとこのままじっとしていても、ミホークさんはなんとかしてしまうんだろう。
私を解放して、ここにいる男達を全員伸してしまうことなんて造作もないんだろう。
けれど私は、ここでじっとしていられる程大人しくてか弱い女の子ではなかった、のだ。
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