S×R 鷹連載 | ナノ


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春、それは出会いと別れの季節。
これを最初に言ったのが誰かなんて知らないけれど、
なかなか的を射ているんじゃないだろうか。

そんな春を間近に控えた…それでもまだ寒さ厳しいこの季節、4年間通った大学の卒業を控えた私は、数人の友人たちと一緒に鎌倉にプチ旅行にやってきていた。
もちろん貧乏学生はお金に余裕なんてないから、旅行というよりは日帰り観光みたいなものだけど。
皆で大仏様を見て感嘆の声を上げて、甘味に舌鼓を打って、このクソ寒い中ふざけて海岸を駆けてみたりして(“学生”っていうカテゴリーに身を置くからこそできる馬鹿みたいな行動をしようじゃないかというコンセプトでやってみたけど、とにかく本当に寒かった。馬鹿みたいというかただの馬鹿だと思った)。
それぞれの進路に向けた本格的な準備期間に入る前のつかの間のひと時を、こうして私達は楽しんでいるのだ。

「じゃ、先にお店探しとくわー」
「よろしく!!こっち終わったら連絡入れるから」
「おけー」

最後に海岸沿いを満足いくまで走りきって、夕日が沈む写真を撮りたいという私を残して他の皆には先に夕御飯を食べる店を探しに行ってもらった。
元々写真を撮るのが好きだったから、持ってきていたデジカメのシャッターを切る。
オレンジと紺のコントラストが海面に反射してとても綺麗だ。
綺麗、美しい、幻想的…あぁもう、こんなとき自分のボキャブラリーの少なさにちょっぴりショックを受けてしまう。
もっとこう、この風景を言い表すのにふさわしい言葉があるだろうに。

そうして何枚か良いのが撮れて満足した私は、友人たちはどっちへ歩いて行ったんだっけ、と周囲をぐるりと見回した。
いくら観光地とは言え冬の海だからもともと人はまばらだったけれど(だからこそ私達は本気で走ったのだ…夕日に向かって。こういう言い方をすると我ながら痛々しい)、その時には既に私以外の人影は消えていた。
まぁ時間も時間だしな、と思ってその状況は特に気にも留めず、私は友人たちと連絡を取るためにポケットに入れていたケータイを取り出す。
折り畳み式のそれを開いて、ディスプレイの明るさに一瞬だけ目を細めて電話帳を開く。
シンプルに“大学”と名付けられたグループを選択して、目当ての友人の名前を検索…していると、後ろから誰かに呼ばれたような気がして反射的に振り向いた。

…いや、まぁ、後ろには海しか無いんだけども。

思わず振り向いた自分の目前に当たり前のように広がり静かに波音をたてる海を凝視してしまうものの、まぁ気のせいだろうと再びケータイに視線を落とす…が。

『…ごんべ、……ごんべ…』

いやいや気のせい気のせい、だって誰もいないんだ後ろには。
そこには青い海が広がっているだけなんだ。

『ごんべ』

…いや、やっぱり、気のせいじゃない。
確かに聞こえる声。
女性とも男性ともつかない…どちらかというと女性に近いのかもしれない、そんな透き通った声が私の名前を呼んでいる。
本当は振り向きたくない、でも振り向かなきゃいけない気がする。
好奇心とかそういうのではなくて、何か本能的な部分が私に振り向けと言っている気がするのだ。

『ごんべ』

もう一度、今度こそはっきりと聞こえた声に、私の身体は無意識的に方向転換を始めた。
右足を軸にして、ゆっくりゆっくり、砂浜を踏み締めるようにして振り返る。
そうやって海に向き合ったところで、友人の名前が表示されたまま通話ボタンを押されるのを今か今かと待っていたケータイは自分の手ごとポケットに突っ込んだ。
海に呼ばれている気がする。
そんな風に思ってしまう私は、昼間ふざけ過ぎたせいで正気じゃなくなっているのかもしれない。

『ごんべ』

一歩、一歩。
呼ばれている気がする、けれど歩み寄って良いのだろうか、近付いて良いのだろうか。
考えはするけれど、それは私の頭の中でぼんやりと浮遊するだけで。
海に向かって歩を進める足に、神経を通じてストップをかけるには至らない。

パシャ…

砂が付いたブーツのつま先に、波が当たる。
ふと足元を見てそれに気付き、いつの間にここまで近付いたんだろうなんて考える暇もなく。

「……う、っそ」

ザザーン、なんて可愛いものじゃない。
未だ地平線に沈みきらない夕陽の微かな光が陰ったのを感じた次の瞬間。
文字通り、何の前触れもなくグワッと押し寄せてきた高波に、私は呑み込まれた。








(あぁこれは、一体、何が)

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