S×R 鷹連載 | ナノ


018


「……むむ、」

シャワーを浴びてきれいさっぱり涙の跡を消した私は(やっぱりと言うかなんというか、まだ少し瞼は重たい)、一人備え付けのソファの上で唸っている。
今目の前に広げているのは机の上に置いてあった新聞らしきものなのだが、これがどうにも解せないのだ。

「みんな日本語喋ってるのに…文章は英語、なんだ…」

ミホークさんも町の人もお店の人もみんな日本語を喋っていたというのに、どうやらこの世界では話し言葉と書き言葉で言語が違うらしい。
見たことのある単語があるし、たぶん英語なんだろう。
義務教育の一環で英語は習ったけれど、そこまで精通しているわけではないから…これには苦労させられそうだ。

「何を唸っている」

そうこうしているうちにミホークさんもお風呂から出てきて、普通に顔を上げた私は一瞬でそれを後悔することになった。

「なっんでまた裸なんですか…!!!」
「おれは普段からこうだと言っただろう」

裸と言ってもズボンはお召しになっているから全裸ではないのだが、それでもやっぱり…こう、無駄に整った顔立ちをしている上に髪はまだほんのり濡れているし完璧なまでに鍛え上げられた身体ときたら、私じゃなくても直視できないんじゃなかろうか。

「それで、どうした」
「(あぁぁ出来ればあまり近付かないで頂きたい…!!)えっと、ですね…言葉は通じても私には文章があまり読めないようです…」

さらにはついさっき傍にいたいとか一緒にいたいとか言っちゃった直後だから、気恥ずかしさは倍増なのだ。
それなのにミホークさんは全く気にすることなく私の読んでいる新聞を覗き込んできて、心臓の音が届いてしまうんじゃないかと心配になってしまう。

「奇妙なこともあるものだな」
「まったくもってその通りで…」

ふむ、と興味深そうに頷いて、ようやくミホークさんのお顔が離れていく。
そのことにホッとして、私も新聞を畳んでテーブルの上に戻した。
言葉が通じるだけ良かった、とは思う。
それでもやっぱり英語も勉強し直した方が賢明かもしれない。

…あ、そうだ。

「ミホークさん、今度はいつ出発するんですか?」
「急ぐ旅ではないからな…明日にでも、とは考えていない」

今日は色々とあったからな、と。
気遣ってくれるミホークさんの言葉が嬉しくて、ついつい頬が緩んでしまう。
でもそのままへろりとしてしまいそうになるのを何とかこらえて、ミホークさんにお願いをすべく姿勢を正した。

「あの、明日は本のあるところに行ってきてもいいですか?」
「構わんが…」

これもまた自分の力で生きるための第一歩だ。
これだけの大きさの町なら、きっと図書館くらい…なくても本屋の1件や2件あるだろう。
英和辞典なんてものの存在には期待していない。
ただ、単純な私はとにかく少しでも文章に触れることから始めようと思ったわけである。
一番手っ取り早いのは今ここにある新聞だけど、最初の訓練としてはハードルが高いと思うのだ。

「まぁ…明日のことは明日考えればいい。今日はもう寝るぞ」

了承も貰えたから、ミホークさんの言葉に頷いてベッドルームに向かう。
少し方向性が見えてきた、と心の中でガッツポーズしながら、二つ並んだベッドのどちらに潜り込めばいいのやら思案。
まぁそれもミホークさんが横になった後でいいかとのんびり構えていたのだが、私の思考はどうやら中断させられることが多いらしい。

「…あ、あの…」
「……」

ミホークさんがさっさとベッドに足をかけたところで、2つのベッドの間にあった灯りを消してさぁ空いている方に潜り込もうとした矢先だった。
私の腕が掴まれて、ぐいと引っ張られたのは。
そしてそのまま、背中からミホークさんの腕の中にダイブしてしまったのは。

「ミホークさん…?」
「……」

ミホークさんは、そのままゆっくりと私の腰に腕を回しただけで何も言ってはくれない。
私は私でTシャツごしに感じるミホークさんの体温のせいで顔が熱くなってしまって、落ち着いているように見えても心臓は煩いくらいに鳴り響いている。

「…このまま眠れ」

…無茶をおっしゃる。
それと同時に、後頭部にミホークさんのキスが降ってきたのを微かに感じる。
こんなに心臓に悪いことをされていたんじゃとてもじゃないけど寝られる気はしない、のだけど。

「……おやすみなさい」
「あぁ」

この状況から抜け出す術はもっていないし、なにより今日はあんなことがあったから。
ミホークさんの体温に包まれていると、心臓は煩くなるけどどうにも安心してしまうのだ。
だから私は無理矢理目を閉じて、一つ深呼吸をする。

そうすれば、全身を暖かさに包まれた私の意識はストンと落ちていってしまうのだった。

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