017
我ながらなんてみじめなんだろう。
自分一人の力で生きていけるようになっても、この世界の一人前として自立できたとしても。
ミホークさんの、傍にいたいんだと。
子供みたいに泣いて懇願する姿は、この人の目には哀れな小娘にしか見えないのかもしれないけれど。
それでも、ミホークさんの顔がはっきり見えるように何度も瞬いて、この気持ちが伝わればいいと祈るしかできないのだ。今の私には。
「…奴の言ったことは気にするなと、」
―――言っただろう。
けれどそんな想像に反して、長身を屈めたミホークさんは私の目尻に一つキスを落とした。
そして次の瞬間には、涙を流したまま驚く私の身体はミホークさんの両腕によって閉じ込められてしまった。
額に直接当たる、ミホークさんの肌。
そこからはかすかに心音が聞こえてくる気がして、嗚咽を漏らしていた私の呼吸は何故か少しだけ落ち着いた。
「初めはただの興味だったが」
泣きじゃくる私を落ち着かせるようにゆっくりと髪を梳く手はどこまでも優しくて。
「…今となっては、手放す気などない」
「同情じゃ、ないんですか…っ?」
「おれが同情ごときでお前のような娘を連れて歩くような男に見えるか」
泣きじゃくる私が哀れだから、同情して傍にいるんじゃないと。
遠回しな言葉だけど、それが私にとっては何よりも嬉しかった。
出会ってまだ2日しか経っていないというのに、どうしてこんなにもこの人を必要としてしまうんだろう。
この感情はきっと理屈なんかじゃ説明できなくて、あの人に“お前はいつか捨てられる”と暗に言われたことでやっと気付けたもの。
嬉しさのあまりさっきよりずっと盛大に泣き始めた私は思わずミホークさんの背中に両腕を回してしまって。
けれどそれに気付いたミホークさんがさっきよりも強く抱き締め返してくれたことで、またさらに大泣きする羽目になってしまった。
「ご、ごめんなさい…もう大丈夫、です」
「…そうか」
暫くミホークさんの腕の中で泣き続けて、私はやっと我に返ってその背中に回していた腕を解いた。
あんなにわんわんと泣いたのはいつぶりだろう。
両親が死んでからは、泣いた記憶そのものが殆どないというのに。
「…恥ずかしい」
「?何がだ」
さっきは本当に必死で、むしろ必死過ぎて自分がどんなに子供じみた真似をしたのか分かっていなかったけれど。
今こうして数分前までの自分が何をしていたのか反復してみると、それはもう恥ずかしくて顔から火が出そうだ。
私が一歩引いたことでミホークさんの腕も離されて、今度はさっきとは違う意味で目の前の人を直視することができない。
思わず両手で顔面を覆い隠して、私ははぁ、と一つ溜息を零した。
「……、」
「?」
ぽそりと、私の溜息と同時にミホークさんが何かを呟いたような気がして、なるべくぐちゃぐちゃの顔を見られないように指の間から様子を窺う。
「…どうしたんですか?」
「…いや…ごんべ、今すぐ風呂に入るべきだな」
そこには何やら複雑な表情のミホークさんがいて、どうかしたのかと尋ねてはみたけれど。
その表情は気のせいかと思うほどすぐに消えてしまって、苦笑に変わったそれは私のぐちゃぐちゃになった顔に気付いてしまったようだった。
「…!!お先に失礼します!!!」
「クク…転ぶなよ」
そんなことを言われてしまっては慌ててシャワールームに駆け込むしかなくて、さっきミホークさんが浮かべていた表情のことは私の思考からすぐに消え去ってしまった。
「……厄介なことにならなければいいが」
私がシャワーを浴びている最中彼がこんなことを言っていたなんて、知る由もない。
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