S×R 鷹連載 | ナノ


013


「ここは…酒場、ってやつですか」
「あぁ」

ミホークさんに連れてこられたのは町の中心部にある大きな酒場だった。
入口の外に立っているだけで店内の喧騒が聞こえてきて、思わず尻込みしてしまう。
どうやら私のいた世界の居酒屋といったものとは次元が違うらしい。

「…大丈夫か?」

またも脳内で某海賊映画が再生され始めた私の顔を覗き込んで、ミホークさんが尋ねてくる。
確かにこんなお店に入るのは初めてで正直不安ではあるけれど、ここまできたら何事も経験だ。
それに何より、ミホークさんと一緒なら何処に行くのも大丈夫な気がする。
そんな根拠のないことを考えて、私は二つ返事で頷いた。

「これが酒場…」
「ここは随分と賑わっているようだな」

そこはまるで、ウエスタン映画や海賊映画に出てくる酒場をそのまま再現したかのような場所だった。
意を決して入口の扉をくぐった私を待ち構えていたのは、わいのわいのと酒を酌み交わすまさに絵にかいたような海賊っぽい集団…と、常連さんなのだろうか、この店のオーナーらしき人と賑やかに話しながらジョッキを傾けるおじさん達が数人。
まだ時間はそんなに遅くないというのに、完全に出来上がっているように見える。
現に店のど真ん中の通路を巨大な刀を背負った特徴的な風貌のミホークさんが突っ切っても、誰もそれに気付いていないみたいだった。

「ご注文は?」
「この店で一番良い酒を」
「そっちのお嬢さんはどうするんだい?」
「え!?あ、えっと…」
「何か適当に食えるものを頼む」
「はいよ」

店の一番奥、入口からは死角となる位置にあるテーブル席を選んだミホークさんは、早速やってきた店員さん(気のよさそうなおばさんだった)に随分と適当な注文をして腰を下ろした。
“夜”は後ろの壁に立てかけて、私にも座るように促す。
背中側に喧騒を感じるこの席は聊か落ちつかない気もするけれど、ミホークさんが私の正面…店内を見渡せる位置に座っているからか、あまり不安は感じなかった。

「注文ってあんな感じなんですね」
「?どういうことだ」
「私が知ってる居酒屋…こういうところって、メニューから品物を選んで注文するのが一般的なんですよ」
「…面倒だな」
「慣れちゃえば普通ですよ!でもこんな頼み方も憧れますねー、なんかカッコイイ」
「何だそれは」
「(あ、笑った)」

口数は少ないけれど、ミホークさんとの会話は存外楽しい。
見た目こそ強面のオジサマかもしれないけど、ミホークさんはマイペースだったり紳士だったり…たった2日間でこんなにもギャップを見せてくれるような人なのだ。
そんなミホークさんの笑った顔に迂闊にも見とれてしまい、はっとして我に返る。
気付かれていやしないかとミホークさんの様子を窺った時、タイミング良くさっきの店員さんがお酒と料理を運んできてくれた。

「今日のお勧めだよ、いい魚介が入ったんだ」
「わ、おいしそう!」
「それと…今ある中では一番の上物だけどこれでいいかい?」
「十分だ」

テーブルに置かれた料理は、大皿に盛り付けられたパエリアのようなものだ。
その香りが鼻を掠めて、今更になって自分が空腹だったことに気付く。
そういえば、昨日この世界にやってきてからまともな料理は食べていなかったような気がする。
昨日は空腹を感じることもなく寝てしまったし、今日は朝も昼も海王類の恐怖に怯えながら船の上でパンやら何やらの簡易食をかじった程度。
それを分かって注文してくれたであろうミホークさんを見れば、グラスに酒を注ごうとした店員さんを制してボトルごと受け取っているところだった。

「なんていうか本当に…ありがとうございます」
「気にするなと言っただろう」

店員さんが下がったところで、改めてお礼を言う。
ミホークさんはそんな私を見て少しだけ口元を緩めたあと静かな所作で帽子を外し、ボトルのお酒をグラスに注いでくいと一口煽った。

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