010
ミホークさんと共に船に乗り込んで1時間かそこらが経った頃。
私は早くもこの位置に落ち着いたことを後悔し始めていた。
「ミホークさん」
「何だ」
「さっきから思ってたんですけども」
「言ってみろ」
「こここここの不可解な猛獣達は一体何なんですか?」
「海王類だな」
ばっしゃーん。
これで何匹(何頭?)目だろうか、こうしてミホークさんが突然海中から現れる大きな生き物を撃退するのは。
「カイオウルイですか」
「海王類だ」
私はミホークさんの膝の上を丁重にお断りした後ミホークさんに背を向けて船の空いたスペースに体育座りをしているわけだがしかし、ここは良くなかった。
そのカイオウルイとやらが現れるたび、一番目につくところにいる私を食らおうとするのだ。
そのたびに私は蛇に睨まれた蛙よろしく体育座りのまま硬直して、あぁあと一息で謎の生き物の腹の中だと思ったその瞬間ミホークさんがそれを海に沈めるのだ。
「…ここはカイオウルイの口の中を眺めるベストポジションですね」
「だから言っただろう、膝の上にでも座るかと」
「……それはさすがにちょっと」
なんとなくこの人は私が飲み込まれる直前まで引き付けてから斬っているような気がしないでもないけれど、ミホークさんがこれを楽しんでいるなんて思わない方が私の為だと思ってここで思考を遮断した。
ミホークさんを振り返ってみれば、彼はあの大きな刀を背中に戻しているところだ。
どうやら信じがたいことではあるけれど直接斬っているのではなく斬撃を飛ばしているようで、その黒い刃には一切の汚れは見当たらなかった。
どちらにしろ、ここに座り続けるのは大変心臓によろしくない。
だがしかし再び膝の上を提案してきたミホークさんは明らかに面白がっていて、いくら恐ろしいからと言っていい年こいて人の膝に座るというのも気が引ける。
「……あ」
「?」
どうにか他に落ち着ける場所はないかと小さな船をぐるりと見回したところで、私は閃いた。
前がダメなら後ろがあるじゃないか。
そうだそれがいい。
「ミホークさん、後ろ失礼します」
「…気をつけろ」
小さな船が揺れないように細心の注意を払って移動を試みる。
…けれど、ただでさえ船に慣れていない私がそう簡単に上手いことバランスを取りながら移動できる筈もなかった。
あ、と。気付いた時には既に遅くて。
一瞬大きめの波が船を揺らした瞬間、私の身体も傾いてしまったのだ。
「!!わ…っ」
「…気をつけろといっただろう」
落ちる。
そう思って目を閉じたけれど、私の身体は海に打ち付けられることはなかった。
「…み、みみみミホークさんわたわたわたし」
「落ち着け。まだ落ちちゃいない」
目の前に海の青が迫って、でもそれは一瞬で、次の瞬間には私はミホークさんの腕の中にいた。
ミホークさんのそれは片腕でありながらもしっかりと私の身体を支えていて、流石はあの大きな刀を振り回しているだけのことはある…なんて不思議なほど客観的に考えてしまう。
「…死ぬかと思いました」
「落ちたくらいでは死なん」
「それはそうなんですけど」
「見ていて面白いが海に落ちられるのは後が面倒だ。大人しくしておけ」
「う…」
面白いってなんだ面白いって。
なんとなく予想はしていたけれどはっきり言われてしまうとなんかこう…やるせないものだ。
でもそうこうしているうちに海に向かって両手を投げ出している私の身体はそのままひょいと持ち上げられて、ミホークさんが座っていた椅子(?といっていいのだろうか)の端に座らされてしまった。
「…あの、ミホークさん?」
もちろん私を座らせたミホークさんもさっきまでのように隣に腰を下ろすもんだから、二人の距離は非常に近い。
近いというか、ほぼ腕が触れている状態だ。
「膝の上は嫌だと言っただろう」
「そうでなくて…私はマスト?の下に座っていようかと思ったんですが…」
「視界の外に出るな。落ちる」
「…落ちるの確定なんですか」
この方は少々ずれていると思うのは私だけではない筈だ。
いや、まぁ確かに落ちる落ちないについては実際落ちかけた自分がいるわけでなんの反論もできないけど、だからってこんな狭い空間に私を入れずとも。
ミホークさん自身が窮屈になるだけだと言うのに。
「こうして座っている方が楽だろう」
「え?」
「少々狭いが…おれはさして気にならん」
まさかこの人は、床に直接座るよりこの方が私の負担にならないから座らせてくれたとでもいうのか。
それに加えて私の心を読んで、自分は気にしないから安心して座っておけとでもいうのか。
「ここなら落ちることもないだろう」
「あ…ありがとうございます」
……ずれてはいるけれど、ミホークさんは本当に海賊なのかと疑いたくなるくらい優しい人なのかもしれない。
「ミホークさん、これから何処に向かうんですか?」
「さぁな」
「え?」
「特に決めてはいない」
「あの…」
「暇つぶしに出てきただけだからな」
「はぁ…(やっぱり相当ずれてると思うんだよね、うん)」
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