008
遠くで鳥のさえずりが聞こえる。
カーテンの隙間から零れる光は容赦なく私の顔面を直撃して、朝を告げているらしい。
「…ごんべ、起きろ」
「ん…」
そして、私を微睡みの中から引っ張り上げる、低くて心地よい声。
寝がえりをうった私の額に触れる、固いけれど暖かい感触…
「……ん?」
「起きたか」
目を開けた私の視界に飛び込んできたもの…これはアレだ、明らかに人肌だ。
ギギギ、と軋んだ音が鳴りそうな首を無理やり動かして顔を上げれば、すぐ間近に髭ダンディのお顔。
…ミホークさんの、お顔。
「Σ…………@$っ#zy%!!!!!!!!!!!!!!!」
「人の顔を見るなり随分な反応だな」
慌てて飛び起きた私を見て、片腕を付いてゆっくりと起き上がったミホークさんはククク、と喉の奥で笑っている。
そりゃ驚きもするだろう、目が覚めたら目の前に男の裸の胸があったんだぞ。
顔を上げたら無駄に整った髭ダンディの顔があったんだぞ。
「ちょ、も、早く服着て下さいってば!!」
「おれは普段からこうだが」
「私仮にも女の子!!こうみえて花も恥じらう乙女なんです!!!」
「クク…何だそれは」
ダメだ、完全に面白がられている。
お恥ずかしいことに中学高校と剣道一筋でやってきて、人並みに告白されたりもしたけれど、大学に入ってからもバイトに部活に課題にと忙しくやってたもんだから彼氏なんて作ってる暇がなかったんだ、私は。
だから例え上半身だけとはいえ、目が覚めていの一番に男の裸が目に入るなんてことに慣れてるわけがないんだ。
仕方がないな、と言ってようやくコートに袖を通したミホークさんを見て、ほっと一息つく。
朝から心臓に悪いったらないではないか。
今更ながら素肌にコートと言うのも私の感覚ではどうなのかとは思うけれど、この世界ではこれが普通なのかもしれないから気にしない方が賢明だと自分に言い聞かせた。
それにしてもどうして同じベッドで寝ていたんだろう…と考えて、それはすぐに解決してしまった。
昨晩ソファで寝るというミホークさんをいやいや自分が、と説得しているうちに、最終的にあぁなったのだ。
いくら大きなソファとはいえミホークさんが寝るには小さすぎるし、だからといって私がそこで寝ると言ってもミホークさんが納得してくれなかったし、ベッドは二人が寝てもまだ余るくらいには大きかったし。
だからといって朝起きてあんなことになるとは思いもしなかったけれども。
「…寝ている間に失礼かましてたらすみませんでした」
「?何のことだ」
「いや、寝相が悪くて蹴飛ばしたとか…」
「それはない、安心しろ」
「…良かった」
目覚めの衝撃からやっと心を落ち着けた私はひとまずそれを聞いて安心し。
支度をしておけ、と残して寝室を出たミホークさんの背中を見送ってから、備え付けてあったバスローブ(寝間着なんてものは持っていなかったから、仕方なくこれを着て寝ていた)の紐に手をかけた。
「出発するぞ」
「あ、はい。どこに行くんですか?」
着替えを済ませて寝室を出ると、そこには夜(昨日、話ついでに教えてもらったミホークさんの刀だ)を背負って準備万端状態のミホークさんがいた。
出発するぞと言われて目的地を聞けば、きょとん、という表現が見事に当てはまるような表情をされてしまう。
私は何か変なことを言っただろうか。
「言っていなかったか?島を出る」
「あぁ島を……え?」
今度は私がきょとん、とする番だった。
この島の住人じゃなくて気ままに旅をしているとは聞いたけれど、今日島を出るなんて聞いてないぞミホークさん。
「…あの、すみません5分下さい準備します」
どうやら、寝室を出るときに言った「支度をしておけ」というのは島を出るからその支度をしておけという意味だったらしい。
ミホークさんのあまりのマイペースっぷりに、溜息と共に微かに笑みがこぼれる。
結局、私はこんな風にミホークさんに振り回されるのが嫌ではないのかもしれない(断じてドМという訳ではないけれど)。
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