1,前サイトより【永遠なんてなくても】
寂しいんだよ。
お願い、俺を
一人ぼっちにしないで。
煙草の煙が深い夜に溶ける。
シンと冷えきった回廊は、足を踏み出す度小さく軋んだ。
「寒ィな…」
ぽつりと独り言を呟くと、前方右側の総悟の部屋の戸が開いて、中から誰か出てきた。戸を後ろ手で閉めたその人物は、俺の姿に気が付くとぺこりと軽く頭を下げた。
「どうだ……総悟の様子は?」
「…ええ、うなされちゃってるみたいです…。声は掛けたんですけど…やっぱり俺じゃ、ダメみたいで」
そう言った山崎は片手に食事ののった盆を持ち、寂しげに笑った。
手を付けられた形跡はない。
「…すまねェな。お前にも手ぇ掛けさせちまって」
「いえ、これくらいどうってこと…。仕方ないですよ。沖田さんも、姉上様を亡くしたばかりですし…」
ミツバが死んでから、二週間。
総悟はよく寝込むことが多くなった。
性格に言えば寝込むというより、うなされる…と言った方がいいのかもしれない。
それに変わって、昼間はやたら仕事ばかりをするようになった。あのサボり魔で面倒くさがりの総悟がだ。
隊士の仕事までとって、クタクタになって帰ってきては、飯も食わずに自室に引っ込んでしまう総悟…。
当然のごとく、俺や近藤さんや山崎、その他の隊士たちも皆、総悟のそんな様子を心配するわけで。
「それにしても困りましたね…。ここのところ沖田さん、ろくな食事もとってないんじゃないですか。まあ、食欲が出ないのもわかりますけど…」
そう言って総悟の部屋を見つめる山崎。
俺もつられたように総悟の部屋に目を向ける。
「……副長」
「ん…」
「沖田さん、泣いてます。一人でずっと…。怖い夢でも見てるんじゃないでしょうか」
「…………」
「行ってあげて下さい…。俺じゃあの人は扱いきれないから」
山崎は困ったような顔で笑うと、踵を返して静かにその場を離れていった。
俺はそんな山崎の後ろ姿を見送ると、吸っていた煙草を携帯灰皿で揉み消し、総悟の部屋の前に立った。
「総悟?…入っていいか」
――返事はない。
俺は念のため返事のない総悟にもう一度声を掛けてから、ゆっくりと戸を引いた。
「…、!」
「…総悟」
暗闇だった部屋に月の明かりが差し込み、薄暗い部屋で真っ白な単衣がびくりと揺れ浮かび上がった。
布団から上体を起こしていた総悟と目が合うと、総悟の右目からぽろりと宝石のような涙が零れ落ち、白く月明かりに照らされた頬を濡らした。
「土方、さん」
薄く開いた小さな口が発した、あまりに弱々しく、か細い声。
俺は総悟の部屋に入り総悟の枕元に膝を着くと、総悟の体をギュッと抱きしめた。
「……」
「ん、…ひじかたさん…?」
突然抱きしめられて戸惑う総悟の亜麻色の頭を、ぽんぽんと優しく撫でる。
すると総悟は強張らせていた体の力を抜き、かわりにぐずぐずと啜り泣く音が聞こえてきた。
掛ける言葉が見つからない俺は、ただ黙って総悟の頭を撫で続けた。
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