朝が、来てしまった。目を開ければ見慣れた自室の天井があり多少の安心感を覚えながらも、それを塗りつぶすようにして憂鬱な気持ちが押し寄せてくる。同室の友人は既に布団を畳み行ってしまったらしい。精神的にも肉体的にも重い体を無理やり起こし、忍装束に袖を通した。

意を決して外に出る。擦れ違う人々の視線が痛い。「あの子が七松先輩の…」とこちらを伺いながら話す声も聞こえた。非常に不本意な認識であるが、ここでわざわざ否定に出向こうものなら噂はさらに信憑性を帯びたものとして流布することになるだろうから、聞こえない振りをしてやり過ごす。人の噂も七十五日、つまり約二ヶ月と少しの間耐えれば、根拠の無い噂話など自然と消えていくものだ。二か月…意外に長い…。早くも心が折れそうになりながらも、負けるものかと前を向き、廊下の突き当たりを右に曲がる。

「お、名前じゃないか!」

今すぐ踏み出した足を支点にしてそのまま元来た道を帰って自室に引き篭もりたい。ひとりでに回転しようとする体を何とか押し留め笑顔を作る。下の名前で呼ばれたことについては言及する気も起きない。

「お、おはようございます先輩」
「昨日は楽しかったな!」

あえて返事をすることを避け、どちらとも取れる方向に首を傾けたのだが、先輩は気にする様子もなく、相変わらずニコニコしている。噂の消滅を願った矢先に、偶然とはいえこうして二人で面と向かって話しているのを他人に見られたらまた何と言われるか。早々に去ろう。そうしよう。

「では、失礼しま」
「名前」

大股の一歩を踏み出そうとした私を遮り、七松先輩は腕を掴んできた。苛立ちを覚えながらも仕方なく仰ぎ見れば、真剣な瞳が私を見ていた。

「気まぐれじゃないからな」
「何を、言ってるんですか…」
「私はお前が好きなんだ」

本当に、何を。

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -