「名字名前はいるか!?」
くのたま教室に突如として怒鳴りこんできた騒音に、教科書を手から取り落とした。一瞬にして全員の視線を集めた人物に私は身震いする。七松小平太!
何故、何、どうして、全ての疑問詞が頭を駆け巡る中、七松先輩は私の名前を復唱する。顔を知られていないのだろうか、ならばこちらのものだ相手が諦めるまで知らぬ存ぜぬを貫きやり過ごしてしまおう。顔を伏せてひたすらに沈黙を守ろうとするも、授業が終わって雑談に勤しんでいた級友達は海が割れるかのごとく引き、私の席への通路を作り上げた。な、何てことを!かちりと目が合った七松先輩は破顔一笑、くのたまの間をすいすい抜けて、恐らく絶望的な表情をしているであろう私の前に仁王立ちした。ニコニコと向けられる笑顔にどうすればよいか分からずとりあえず引きつった笑みを返してみる。すると七松先輩は座り込んでいる私の手を取り無理やり立ち上がらせた。予想外の行動に喉の奥から掠れた音しか漏らすことのできない自分が非常に恨めしい。
「ちょっと名前借りていくからな!」
高らかな宣言に異議を唱えられる者などいるはずもなく、私は引っ張られるがまま引き摺られていく。みるみる遠くなっていく友人が「ごゆっくり…」と手を振っているが、そんな気遣いいらないからとにかく助けてほしい。無理か。