瞼を上げれば、目に入るのは自室…ではなく、見慣れない美しい木目だった。ここは何処だと体を起こせば、後頭部が酷く痛む。
「あ!駄目だよ頭を動かしちゃ!」
障子を開け入って来たのは保健委員長の善法寺伊作先輩。ということはどうやらここは医務室らしい。先輩は、痛みはどうか、他に違和感を感じる部位はないかと質問した後、問題無いと判断したらしくほっとした顔を見せる。
「あの、演習はどうなったんですか」
「ああ、えっとね…」
先輩の話によると、落とし穴にまんまと嵌った私は頭を強打し意識を喪失。それを見た七松先輩は、相手そっちのけで私を担ぎ、既に失格となり救護を担当していた善法寺先輩のもとへ慌てて運び込んできたそうだ。それから夜までずっと、私の傍に居ると言って聞かなかったが、先輩が無理やり部屋に帰らせたらしい。大変な迷惑を掛けてしまった。演習は棄権したと聞き、更に申し訳なくなる。
「本当に心配してたから、会いに行ってあげてね」
善法寺先輩にお礼を言って医務室を後にした。朝食を食べようかと思ったがそういう気にならず、中庭に降りる。暫く歩くと、ところどころ跳ねた藍色の髪を見つけた。
「七松先輩!」
先輩は、高く結い上げられた髪を揺らして振り向き、目を見開く。
「名前!大丈夫か!?」
一目散に駆け寄ってきた先輩は私の肩を掴んで前後に揺すった。それに合わせて頭に痛みが走り顔を歪める。先輩は私の表情に気付くと手を止め、ばつが悪そうに謝った。
「あ、ごめんな…」
「いえ、大丈夫です。それより、昨日は本当にすいませんでした。私のせいで棄権になってしまって…遅くまで付いていて下さったとも聞きました」
「いいんだ、名前が無事だったんならそれで」
先輩は私の髪に指を通し、目を細めて笑う。私は意を決してその手を取った。「先日の告白の返事を、まだしていませんでしたよね」先輩が息を飲む。私は指先に神経を集中した。丁度握手のような形で繋がったところから、体温がじんわりと伝わってくる。思えば私から触れたのは初めてだ。気恥かしさと緊張で、顔に血液が集中していく。
「もし先輩が宜しければ、の話なんですが」
「うん」
「結婚を前提に、お友達になって頂けませんか…?」
先輩は何度か目を瞬かせた後、初めて会った時と同じように顔を綻ばせた。
「もちろんだ!」
先輩は私を高く抱きかかえくるくると回った。安静にしなければならないのに、と文句を言おうとするも、先輩があまりにも嬉しそうに笑うものだから、私も笑った。
次の休みには、久しぶりに実家に帰ろう。その時は恐らく七松先輩も一緒だ。私が本当にこの人の許嫁となる日は、きっとそう遠くない。