貴方が好きです。誰にも打ち明けたことはありませんでしたがきっと貴方は気付いていらっしゃったのでしょうね。気付いた上でこれまでの時間を共に何事もなく過ごしてきたのでしょうね。私はそれを酷いことだとは思いません。受け止めることも発展させることもせずに、仲のいい先輩と後輩、それ以上でもそれ以下でもない立場でいるのは私としても楽でとても居心地がよかったのです。私は心の底から貴方をお慕いしておりました。立花仙蔵先輩。



「私のことは忘れろ」

先輩は私の顔を見るなりそう言った。私はただ、ああやはり、と思っただけだった。呼び出された時から薄々勘付いてはいたのだ。先輩の卒業と同時にこの恋に終止符を打つことになるだろうとは。

「忘れられるはずがありません。先輩は本当に、優秀で素晴らしい方でしたから」

最初から報われないことは分かっていた。かと言って諦めることもできなかった。惰性に従ってはきましたが、先輩が望むのなら、葬り去ることだって辞さない覚悟はしていましたよ。と心の中で呟く。

「立花先輩は私の憧れです。明日から、その跡を継げるよう一層の鍛錬を積んで参ります」

敬愛の意を込めた言葉に先輩は笑い、三歩ほど空いていた距離を縮めた。私も笑顔でその顔を見上げる。
先輩の細くて長い指が私の前髪をさらりと払い、いつものように頭を撫でられるのかと目を伏せたその時、一際強い風が吹いた。舞い踊る桜吹雪が眩しくて思わず瞼を閉じる。先輩の熱が額に触れた。

「お前はきっといい忍になるよ」

目を開けるともう先輩の姿は無かった。さわさわと木の葉が鳴る。微かに冷たさを取り戻した額に触れて、耐えていた涙を一筋零した。



先輩は優しい。優しすぎるが故に残酷だ。忘れろと言うのなら、何も残さず姿を消してくれればよかった。そうすれば一思いにこの恋を殺すことができたのに。綺麗さっぱり先輩を忘れることができたのに。たとえ恋愛感情を一切含んでいない餞別の口吻だったとしても、私は今日、この瞬間を決して忘れない。一瞬を引きずったまま、先輩を忘れることができないまま、心の片隅に残る気持ちだけを手に私は生きていく。


100307
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