「彼氏ができました」

弦一郎は今まさに掬いかけていた白米と共にお箸を床に落とした。もったいないなあと思いながら玉子焼きを咀嚼する。うん、今日もおばちゃんの玉子焼きの出汁加減は絶品だ。両親が家を空けがちなため小さい頃からお隣の弦一郎の家でお世話になっている私にとって、お袋の味と言われて真っ先に思い浮かべるのはこの玉子焼きだったりする。
私がしっかり味わってから飲み込んだ頃に弦一郎はやっと我に返ったらしく、急いで床を綺麗にしてお箸を洗ってから戻ってきた。取り乱したことにばつが悪そうな顔をしながらも居住まいを正し、既にウインナーに手を付け始めている私をその鋭い視線でじっと見つめてくる。ピリッとした雰囲気に、呑気に舌鼓を打っていた私も箸を止め口を開くのを待った。

「…その彼氏とやらは現実に存在している人間だろうな」
「失礼だな!いくら私でもそんな痛い妄想わざわざ報告しませんけど!」

弦一郎は「いやしかし…」「こんな女に恋人が出来るはずが…」とか小さな声でブツブツ呟いている。目の前に本人いるんですけど。殴るぞ。てっきり「恋愛なんぞたるんどる!」と一喝されるかと身構えたのに、緊張の無駄遣いだった。顔を引きつらせながらもお味噌汁を啜る。告白だって向こうからしてきたんだからね!と言うとさらに目を見開いた。マジで殴るぞ。

「だから今日からは一緒に帰れないからね。朝はお世話になるけど」

これからは暑い日も寒い日も暗くなるまで弦一郎の部活が終わるのを待つことなく甘酸っぱい下校時間を満喫するのだよ。ふふん、羨ましかろう。にまにましながら最後のウインナーを弦一郎のお皿に載せてあげた。

「弦一郎にも早く可愛い彼女ができますように」
「お前一人で手一杯だ阿呆。…まあ、精々愛想を尽かされないように努力するのだな」

そう言って微笑んだ弦一郎の笑顔があまりにも優しくて不覚にも目頭が熱くなった私は「お父さん!」と呼びそうになるのを必死に堪えて焼き魚を頬張り、お約束通り喉に詰まらせた。お茶を差し出す弦一郎が「何でこんな女を…」と呟いたのは聞き逃さなかった。


100307
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -