王子様は白い愛馬に跨って城を飛び出して行った。宵闇に紛れてさえも光を反射して輝き揺れる金糸を、私は窓から見送ることしか出来ない。

「僕の留守の間を頼んだよ」

耳元で囁かれた声に、私は黙って頷く他なかった。王子様は甘い微笑みを一つ向けた後、従者達を呼びつける。剣、鞍など、手際良く準備を揃えていく彼らと急かす王子様の姿を眺めながら、私は棚の奥に隠してある劇薬に思いを馳せる。
あの小瓶をたった一滴、真っ赤な葡萄酒に垂らすだけでいとも簡単に私の息の根は止まるのだ。動かざる人形となった私を見て王子様は何と仰るのだろう。真っ白な寝台に横たわる真っ白な顔をした自分の隣で、王子様は同じく真っ白な手で私の頬を撫でた。
返事の無い私を不思議に思ったのか、こちらを見遣った王子様は蒼い目を見開く。

「嗚呼、なんてことだ!僕の姫、どうか泣かないでくれ給え」

申し訳ありません。謝る私の涙を、王子様はそっと掬って下さった。長い指を包む手袋で触れられ、目元がじわりと痛む。ほら、王子様は今だってこんなにも私にお優しい。

「どうかお気を付けて。いってらっしゃいませ」

私は王子様の手を下ろし深々と頭を下げた。遠くから様子を窺っていた従者達が私達に声を掛ける。馬の用意が整ったようだ。扉に足を向けようとする寸前、転と振り向いた王子様は、瞳を緩め口を開く。

「そう、君は笑顔が一番美しいよ」

その言葉に、私は静かに口の角を上げた。戸棚の小瓶は猶も、黒い澱みを湛えている。


110405
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