夜半開け突如として忍び込んだ影に寝巻を剥ぎ取られ抗議の声を挙げる暇もなくあれよあれよという間に髪を結われ顔を塗りたくられ肌触りのいい着物に包まれ質素な造りの駕籠にぶち込まれた私に上司は片目だけでにこやかに笑って手を振った。「しおらしく泣き暮らす生活に飽きたらいつでも帰っておいで」自分が姫様の身代りとして人質に出されたのだと気付いたのは敵方の城で降ろされあてがわれた部屋の中で障子越しにしがない女中達の話し声を聞いた時だった。


そもそも私と姫様の共通点など性別の分類だけだというのに、組頭はその一点のみを重視し、忍隊の中で唯一の女である私を敵地に送り込んだのだろう。楽しそうだとか面白そうだとかそういう個人的感情が決め手であるという可能性については、考えないようにする。それよりも、一介の忍であるはずの私が寝込みを襲われ抵抗することもなく、それどころかこうして動きらしい動きも取れないままただ座っているという状況さえ全てあの上司の思うところであるのだろうという推測は、私が暫く暗欝たる気持ちで過ごす理由としては十分すぎるものだった。


とはいえ今の自分は仮にも一国一城の姫ということになっているので、それ相応の扱いの下実に優雅な生活を送っている。私の持ち物とは比べ物にならないほど上質な着物、具の少ない雑炊とは大違いの豪華な食事。それらの対価として私はなにをするでもなく、ただただひたすらに大人しく、時折耳に入る口さがない噂話に悲痛な憂いを帯びた瞳で眉を曇らせればよいのだ。退屈すぎることを差し引いても、今までこなしてきた中でもこれ以上ない好条件の仕事と言える。このままここで一生を終えるのも悪くはないと幾度か本気で考えたものの、この生活は私の性分に合わないし、何より籠に捕らわれた鳥のようにこの狭くも広くもない部屋で飼い殺されることの背後には、どうしようもない嫌悪と恐怖が付き纏う。何より組頭は帰って来いと言ったのだ。上司の命令は忍隊に属する者として遂行しなくてはならない。

人質として訪れて三月を過ぎた頃、そろそろ潮時かと思った私は光のない新月の夜に、手にしていた物の一切を置き去りにして城を抜け出した。

長期間の座敷暮らしにより衰えた体力と筋力を限界まで駆使し、這いつくばってしまいたいほど疲れ切った私をタソガレドキの門前で待っていたのは、あの夜と何ら変わらぬ顔で手を振る組頭だった。「お帰り、一晩で帰って来るなんて大変だったでしょ」との言葉に返事をする気力もなく、とにかく早く休息を取りたい一心で足を動かす。軽く頭を下げ覚束ない歩みで大門を潜ろうとした時、組頭は三日月形に歪ませた片目に確かな喜色と愉悦と嘲笑を滲ませて私の肩を叩いた。

「毎日か弱いお姫様のフリをする名前ちゃん、可愛らしかったよ」

いつか絶対にその寝首を掻いてやる。


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