07
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「地下牢からトロールが……」
クィレルがそう言って大広間に倒れ込んだ。当然広間は混乱の渦。トロールの対処方法など知らない下級生なんかは叫び声をあげている。かくいう俺も少なからず混乱していた。
「静まれ!」
そんな中、校長の声が大広間に響いた。その大音量によっていくらか平静さを取り戻す。
校長が、監督生はどうのとか談話室にどうのとか言っていたが、今の俺にはそんな事耳に入らなかった。
落ち着いた俺は、思考の中に誘われたからだ。
何故クィレル先生がトロールの脱走を伝えに来たのだろうか。仮にも闇の魔術に対する防衛術の先生なのに。逃げる前にどうにかできたのではないのだろうか。できなかったとしても、生徒を恐怖に貶めるような告知の仕方をするだろうか。というかそこまで凶悪なトロールを学校に置いておくメリットなどあるだろうか。上級生の演習に使うとなれば、それは確実に生徒に対し致死的な要因になってはいけないはずだ。それなら緊急時にも先生が対処できる個体を扱うに決まってる。そもそも思考能力が低いトロールが地下牢から逃げ出すなどとあり得るだろうか。あり得ない。ならこのトロール脱走は……。
「ヴィンセント、腕を離せ」
ドラコの声にハッとした。思考回路をフル回転させると周りが見えなくなるのは俺の悪い癖だ。
「悪い。痛かったか?」
「いや、そこまででは無い」
無意識に掴んでいたドラコの腕を放す。監督生を先頭にした列が既に進み始めている。動き出す列の中で先程まで考えていた事を思い返す。
あり得ない、という事は無い。可能性は充分ある。では理由は? 動機は? 何故そんな事をする? 状況からして一番疑わしいのは、知らせにきたクィレル。
ホグワーツの教授がそんな事をするなんて異常事態だが、今の俺には状況証拠以上の情報もなければ事実を知る術も無い。ならば警戒するに越した事は無い。いや、警戒しかできない。確証など無いのだから。
「Mr.ゴイル」
大広間の入口に差し掛かった所で、ドラコの隣にいたグレゴリーが呼び止められた。それにより俺の思考が中断される。グレゴリーを呼び止めたのは、変身術を担当するマクゴナガル教授。
嫌な予感がした。
「少しの間おいでなさい」
マクゴナガル教授が、そう言った。俺はそこで、グレゴリーが何をさせられるか確信した。
「っ、グレッグ「ダメだ!」
俺がグレゴリーを呼び止めると同時に、俺とグレゴリーの真ん中にいたドラコが声をあげた。見ると、ドラコが怒った表情で立っている。
「グレゴリー、君は僕達と一緒にスリザリン寮へ行く。そうだろう?」
「ドラコ」
「僕は許さないぞ。来いグレゴリー、来なければ許さない」
グレゴリーが悪いわけでもないのに、ドラコはグレゴリーを睨んだ。ドラコの言葉を遮るように名前を呼んだグレゴリーも、これには閉口する。
「Mr.マルフォイ、落ち着きなさい」
少し驚いた様子のマクゴナガル教授がドラコを嗜める。しかし彼はそれをも拒絶するようの教授を睨みあげた。
「落ち着けばグレゴリーを連れて行きませんか? それなら僕は黙ります。そうでないなら黙りません」
先程俺がドラコの腕を掴んでいたのと同じように、今度はドラコがグレゴリーの腕を掴んで離さない。
「こいつは、血の力を行使するのが嫌だから、その力の制御を学ぶ為にここへ来たのに、先生方はそれを利用しようとしているのでしょう? 丁度ここに力を持っている者がいるから使おうと言うのでしょう? グレゴリーの主張など聞く耳も持たずに、グレゴリーを見ずに。そんなの許さない」
許さない、と言いながら尚グレゴリーの腕を掴む手に力を入れるドラコ。対してグレゴリーは、その手を無感動に見ていた。自分を押し殺して見ていた。
そして、その視線を俺に向けた。
たすけて
俺はその無感動な視線をそう受け取った。
「ドラコ」
「なんだいヴィンセント。まさか君が僕に反対するなんて事は無いだろうね」
「済まないがそのまさかだ。取り敢えず手を離せ」
ドラコがバッと振り返る。信じられない、と言いたげだ。勿論俺がただでグレゴリーを引き渡すわけがない。
「マクゴナガル教授、グレゴリーを連れて行くなら俺たち二人も同行させて下さい。それくらいなら良いでしょう? 下手に手出しはしません。足手まといとは重々承知ですが、教授のお手を煩わせるような事は致しません。お願いします」
真摯に、ただ只管、マクゴナガル教授の目を見てそう言った。教授は少し目を伏せて考えた後にこう言った。
「三人とも、着いていらっしゃい」
いつの間にか、ドラコは手を離していた。
君を一人にしないから
(そう言ったのはいつだったろうか)
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