04

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「今回だけだからな!」



そういって苦虫を十は噛んだような顔を見せる従兄をよそに固まってしまった体をほぐす。



「言っておくけどな、ばれても俺は知らないからな!!」

「解ってるよ、ダドリー。」



悔しくてしょうがないのだろう。顔を真っ赤にしてコチラを睨んでくる。



「お前なんて、さっさとアイツのとこ行っちゃえ!そんでもって、二度と帰ってくんな!!」

「え?お礼のシフォンケーキいらないの?」

「う゛っ……」



ケーキで釣られるとは、なんて安上がりな子。この子の将来が、少し心配だ。



「今回は本当に感謝しているのよ?約束破ったらライル怖いもの。
 お礼のケーキ、一番大きいの持ってくるからね。」

「……うそじゃないだろうな。」

「私がダドリーに嘘ついたことあった?」

「……」

「叔父さんたちが戻ってくるまでには戻ってくるよ。心配しないで。」

「……」

「ほら、一人で留守番くらいできるでしょう?ダドリーは、お兄ちゃんなんだから。」

「っバカにすんな!!それくらい出来るさ!」

「うん、良かった。じゃ、いってきます。」

「バカイベリス!!バーカ、バーーカッ!!!」



うん、相変わらず、わが従兄殿は単純で助かる。
根はいい奴なのだろうが、如何せんあのひねくれ具合をどうにかしないと。
まぁ、付き合ってみれば、なんてことはない。
ただの、そこら辺の子供と同じ、駄々っ子だ。
あれでもう少しやせれば可愛らしく見えたかもしれないが。
今度それとなくダイエットの道を勧めてみようか。



一昨日、例の手紙が着てからというもの、あのまま物置からほとんど出してもらえなかった。
昨日はトイレ以外ずっとあの狭い空間に押し込められて散々な目にあった。
ご飯もろくに食べられなかったが、人間一日くらいご飯を抜いたからって死にはしない。
だが、今日は何が何でも外出させてもらわねばならなかった。

幸い今日は珍しく叔父夫婦が二人とも外に出て、家にいない。
そこでダドリーに頼んで(まぁ、脅しとも言うが)、内緒で外に出してもらったのだ。



(これが叔父さん相手だったら、確実に出してもらえなかっただろうな…)



内心ほっとしつつ、目的地までの道のりを足早にたどる。



住宅街の外れにある林。
その奥に続く道は一本しかないから、迷う事はない。
小さい頃から何かとお世話になっている場所だ。

林の奥にひっそりたたずむ、小さな診療所。

軽く軟禁生活を強いられる中、奇跡的にというか、腐れ縁というか、一人の幼馴染が出来た。
ただし、出会い方は『幼馴染』のような可愛らしいものでは語れないほど壮絶だったのだが。



(今では、いい思い出で済まされちゃうから、人の縁なんてわからないもの……)



「ごきげんよう、イベリス。また軟禁されてるんだって?今日はもう来られないかと思っていたよ。」

「相変わらず情報は早いね、ライル。助けてくれたっていいじゃない。」

「まさか、ご近所さんとのいざこざは御免だよ。面倒な。」

「と言いつつも、こうやって会いに来ないと怒るくせに。」



ライル=D=ロゥ

私より5歳年上の幼馴染。



「よく解っているじゃないか。」



今日も今日とて、その無駄にさわやかな笑顔が輝いている。
この顔で騙されたご近所のマダムは、いったい何人いるのだろうか。
かくいう、うちのペチュニアおばさんも餌食の一人であることは言うまでもない。



「何か、失礼な事考えてないかい?」



ひょい、といきなり視線が高くなる。
気が付けば目の前にはライルの端正な顔が間近にあった。



「今更何を言われても平気なくせに。白々しいよ、このロリコン。そして降ろしなさい。」

「いやだね。そんな白い顔をして、この前みたいに倒れられても困るんだけど?」

「……」

「へぇ?またご飯食べさせてもらえなかったんだ。通りで軽いわけだ。」

「…別に、」

「そうやってすぐに先方を庇おうとする、君の悪い癖だ。
 だからいつまでたっても向こうに良いようにされるんじゃないか。」



ライルは、ぶっちゃけていうと腹黒い似非紳士だ。
だが、時々こうして凄く優しい一面を見せるときがある。
どこでどういう風に育てば、こういう複雑怪奇な性格が出来上がるのかはなはだ疑問だ。

そしてこの優しさに何度も救われてきた自分がいるのだから、結局折れるのは毎回コチラ側。
気恥ずかしさを隠すように、彼の首に腕を回し、顔を見られないように抱きついてみる。



「ライルと、ウィルがいるから、別に平気…」

「……どうやら、今回のは応えたみたいだね。いつもに増して甘えたじゃないか。
 ま、たまにはこういうのもいいかも知れない。」



そう言って、背中に回してあった腕に力を込めて、しっかり抱いてくれる。
自分の体温より若干低いそれだが、ひどく心地いい。



「…おい、そこの二人、昼真っから玄関先で何いちゃついてんだ。閉め出すぞ、こらぁ。」

「あはは、ひがむなよウィル。僕とイベリスのこの関係は、今に始まった事じゃないだろ?
 と言うか、せっかくいい雰囲気だったのに邪魔しないでくれない?」

「おっ前は!!年上を敬うつもりはないのか?!というか、俺は正論を言ったまでだ!」

「こんにちは、ウィルフォード。今日もお邪魔します。」

「……おう。よく来た。ちょっと顔色が悪いな、診せてみろ。」



この人は、ウィルフォード=K=ロゥ。
ライルの叔父さんで、この診療所を一人で切り盛りしている。
小さい頃から病気や怪我をすると、ライルにつれられてよくここで見てもらった。
今や私の主治医だ。
近所からはその強面のせいで闇医者だとか噂されているが、腕は確か。
甥であるライルも彼の腕には絶対の信頼を置いているし、これでも尊敬している。
(直接そのことを伝えた事はないようだが)



「相変わらず、観察力だけは良いんだから。」

「へいへい、ありがとよ。そしてライル、毎回のことだが素直に嬢ちゃん離せ。診るもんも診れねぇだろうが。」

「……」

「そういう顔してる暇あったら、とっとと医師免許とって腕磨いてきな。
 そしてここの診療所継ぐなりして俺に楽をさせろ。」

「……偉そうに。」

「ハッ、ガキが、生意気なんだよ。十年早ぇ。」



なんだかんだ言って仲がいいので、この二人については別に心配していない。
二人の信頼関係は、ちょっと羨ましくすらある。



「…水分はちゃんと摂っていたようだな。」

「おばさん達もそこまで鬼じゃないですよ。なんだかんだ言って、気に掛けてもらっている自覚はあるから。」

「はぁ、お前は無駄に物分かりが良いんだから……。」



軽い問診の後、いつものようにまともな食事を取れとダイニングに連れて行かれる。
あまりにも世話を焼いてくれるので、診療代も含めお金の事を聞いたことがある。
そうしたら ―――――――



「子供の癖に、しっかりしてんなぁ。
 だけどこちとら、お前みたいな小っこいのから金巻き上げるほど切羽詰ってねぇよ。
 ライルの奴が世話になってんだ、遠慮すんな。」

「どうしても気になるってんなら……あぁ……」

「僕のところにお嫁に来れば良いだろ?今更だけどね。それで万事解決じゃないか。」

「……そういうことだ、嬢ちゃん。気の毒だが、そういうことにしておいてくれ。」



…懐かしい会話を思い出した。
そんなこんなで、今では遠慮せずにお世話になっている。
我ながら、図太く育ったものだ。



「いただきます。」

「どうぞ、召し上がれ?」



約二日ぶりの食事は体にしみる。
ライルも最初の頃に比べると料理の腕前が上がったと思う。



「後で厨房貸して下さいな。」

「何か作るのかい?」

「ちょっと、賄賂を…」

「はぁ?あの糞ガキに?そんなの、イベリスの時間が勿体無い、材料が勿体無い。」

「おい、ライル。いいじゃねぇか、菓子の一つや二つ。嬢ちゃんも作るの楽しんでることだしよ。」



これとそれとは別問題だよ。だいたい、イベリスのお手製のケーキを無償で食べる事すらおこがましいのに…

もういい、お前、毎回のことだが、少し黙れ…。



さて、ライルの相手はウィルに任せて、さっさと作ってしまおう。
今日も今日とて、相変わらずな光景である。
出来れば、この日常を壊したくない。

例の手紙、本当にどうしようか。
原作で行くと、もう記憶もおぼろげだが、何かの催促がしつこく来るはずである。



(行きたく、ないなぁ……)



叶うことなら、どうかこのまま ――――――


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