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「……困った。」



自分は図書館への道をたどっていたはずだ。
途中でハッフルパフの女子に図書館の場所を聞いたのだが、予想に反して目的地に着かない。
そんなに複雑な道順ではなかったはずなのに。
しかも運の悪いことに、今の自分の周りには人っ子一人いない。
それならばと適当に絵の住人達に聞いてみるものの、彼らの返答はどれも意味の成さないものばかりだった。
かれこれ一時間くらいはずっと歩き続けている。
腕に抱えた本が地味に重い。



(ちょっと休憩、)



近くにあった窓際に本を置いて腰掛ける。
窓からはずっと遠くまで深い森は続いているのが見えた。
きっとあれが『禁じられた森』なのだろう。



【すっかり迷子だなぁ?主よ】

「……急に出てこないでと言ったでしょう、馬鹿トリ。」

【なに、主が寂しそうに見えてな。話し相手にでもなってやろうと出てきたまで、】



歓迎くらいされてもいいものを、責められる謂れはあるまいよ



そう言っていつの間にか肩に乗っていたのは例の不死鳥。
本当にこいつは自分の杖なのか。
主、主と自分のことを主人と呼ぶならば、言いつけの一つや二つ守ればいいものを。



「偉そうに……、人が来たらどうするの。面倒事起こしたくないんだけど?」

【案ずるな。しばらくここに人は来ない。ああ、だが獣の類ならば、ほらそこに。】

「……、言っている側から」



猫だった。
全身の毛を逆立たせて、ジッとこちらの様子を伺っている。
やせこけてはいるが、毛並みはいい。
誰かの飼い猫だろう。
眼をギラギラさせて、まるでこちらを監視しているようだった。
目が合うと牙をむき出しにして威嚇してきた。



【嫌われているようだな】

「お前なんかそのまま喰われてしまえばいいのに。」

【主は酷いことを言う】



敵意を向けられて気分がいいわけがない。
早くどこか行けばいいのにと思いながら不死鳥と戯言を交わす。
しかしその猫は動く気配を見せなかった。
どこかで見たことがある気がするが、はて。
どこだったか。



「……ああ、思い出した。この猫、ミセス・ノリスだ。」

【では、こやつに案内を頼むといい。管理人の飼い猫だ、己の庭も同然だろう】

「そう簡単に頼まれてくれそうな雰囲気じゃないんだけど。」



実際こちらが少しでも動こうものなら、今にも襲い掛かりそうな勢いでさらに威嚇してくるのだ。
背を向けた瞬間に首に噛み付かれるとか、正直勘弁願いたい。



【やれやれ、敵わぬ相手とわかっていながら牙を剥くか。なんとも健気よな】

「さっさと杖に戻りなさい。この状況は明らかに貴方のせいなんだから。」



さっきから何を偉そうに語っているのだ、この鳥は。
ことごとく面倒事しか持ってこないこの杖の化身は、実は疫病神か何かなのだろうか?
猫に対し挑発しているのかどうかは知らないが状況は悪くなる一方だった。



【主よ、獣が牙を向ける理由を知っているか?】

「……理由?何、突然。獲物を取るためとか?」

【それも理由にはなるがな、なにもそのためだけではない】



そう言って視線を猫に移し、おもむろにその羽を広げバサリと羽音を立ててみせた。
するとミセス・ノリスは耳を伏せ体を出来るだけ小さくし、その場で動かなくなってしまった。
しかし、未だにその牙を向きこちらに歯向かおう戸する姿勢は崩さない。
その様子を見て隣の馬鹿トリはクツクツとのどを鳴らす。



完全に楽しんでいる。



「趣味悪いわよ。」

【格の違いを分からせてやったまで。吾とて唯一の主をあのような下等な輩に下に見られては虫の居所が悪い】



放っておこう。



そう思った。
ミセス・ノリスには悪いが、いかんせんある意味自由気ままなこの鳥の手綱を引く自信は、
はっきりいって今の自分にはない。
好きなようにやらせて置けばいいのだ。
おそらく自分に被害はないのだから。



「怖いなら逃げれば良いのにね。知らなかったわ。自分の身を守ろうと牙をむくなんて。」

【獣とて性がある。逃げを選ぶか、はたまた自身の身を省みず立ち向かうかはそれぞれなのだろうよ】



まぁ、こやつはそこそこ慎重な奴だ。
馬鹿の一つ覚えのように、無鉄砲に立ち向かってくる輩よりはよほどこの世を生き抜く知恵を持っている。



そう言って意味ありげな視線をこちらに向けてきた。
なんだ、何が言いたい。



【人とは、ほんに愚かな種族よな。
 生きることにおいて逃げることは身を守る最良の手段の一つであるというのに、それを良しとしない】



いつかの主のように物分りがよければ、何かを失うことも、無駄な争いを生むこともあるまいに。



なるほど、このトリが言うことも一理あるかもしれない。
しかし、人間というのはそう単純に生きられるものでもなく、
そうであるが故に未だ大なり小なり争いというものが絶えない。
そして、それによる犠牲の上に人の世が成り立っているのもまた事実だ。



「世の中いろんな人がいるわ。逃げを躊躇なく選択できる人も、少なからずいる。」



たとえばこれから先、会うかどうかは解らない鼠男とか。



別に彼の行動にイチャモンをつけるつもりはない。
彼は自分が生きるために彼の中で切り捨てるべき部分を切り捨てた。
それが親友(そう思っていたのは、両親と犬男と狼男だけだったのかもしれないが)だった。



ただそれだけである。



「まぁ、一般的に言ってあまり格好はつかないけれどね。」

【解せぬな。何故にそこまで体裁を取り繕う?】

「体裁の一つや二つ見繕えないようじゃ、人の世では生きて行けないのよ。」



そろそろ休憩もこれくらいにしよう。
このままでは夕食を喰いっぱぐれてしまう。
やれやれ、全く収穫のない時間を過ごしてしまった。



「人にはね、他人に認めてもらいたいっていう欲があるの。」



腕に遠慮なくのしかかる教科書の存在を、邪魔に思いながら再び足を勧める。
どうやらミセス・ノリスはその場から動くつもりはないらしい。



「それが親だったり、友人だったり、最終的には社会に認められたいって思うものなんですって。」

「人間って言うのは、人が作った社会で生きなきゃいけない。」

「社会での地位は、動物で言う食物連鎖の順位と同じよ。」

「世の中皆平等って、人はよく謳ってるけどね。事実、各々の社会的地位は決まってる。」



人類皆平等と、聞こえはいいかもしれないが、
状況によってはそれは単なる屁理屈で、言い訳にしかならないときだってある。
所詮、どんなにあがいても草食動物が肉食動物になることは出来ないのだ。



「でも、人は動物と違って感情を持て余す生き物だから。」

「自分の位置に甘んじようとしない。」

「少なくとも、地位が下がることに関しては誰しも嫌悪感を抱くみたいね。」

「だから、自分より下位の者を作ろうとする。」

「己の位がこれ以上落ちることがないように、見栄を張る。」



それは人が人である限り変わることのない事実なのだろう。
現に世界が違っても、皆やることは同じなのだから。



「きっと、一種の防衛本能なのよ。」

「人は他の動物と違って、随分昔に牙をなくしたわ。」

「だから代わりに道具を、言葉を手に入れた。」



【……なるほど、己の身を守るために言葉を使って、虚勢を張ると】

「そういうことなんじゃない?」



随分とこの鳥と話し込んでしまったが、それ程遠くないところから喧騒が聞こえてきた。
どうやら適当に歩いてはいても、何とか人にいるところにたどり着けたらしい。



「今日の話はこれでおしまい。そろそろ戻ってよ。人が来ちゃう。」

【そのようだな。では今日はこれにて失礼することにしよう】



そう言って杖に戻ったこの不死鳥を見やり、少し思う。
この鳥、本当に何をしに出てきたんだ?
いちよう本人は私を気遣ってのことだというがいまいち信憑性がかける。
口を開けば主人を馬鹿にするし、人のことを愚かだのなんだのと本当に失礼な奴だ。



それにだ



「人には人の、貴方達には貴方達の生きる領分があるでしょうに」



お互い交わることの出来ない領域は、必ず存在する。
それをどうこう論じたところで虚しくなるだけだろう。
暗黙の了解という、先人の素晴らしい言葉があるのだから少しはそれに習え。
ああ、でも奴はそもそも人ではなかったと、至極どうでもいいことを考えながら歩いた。
すると前のほうからネビルが駆けてくる様子が見えた。



「イベリス!今までどこにいたのさ。探したんだよ?」

「ちょっと図書館までの道のりを確認しに。私に何か用?」



夕飯、一緒に食べようと思って



そう言ってほほを染める目の前の少年に、無性に頭をなで繰り回したい衝動が湧き上がる。
しかし残念なことに、今の私の両腕は、全く持って役に立たなかった教科書でふさがってしまっているのだ。
酷く残念で仕方がない。



「そう、誘ってくれてありがとう。じゃあ、このまま行きましょうか。」



ほんのりと胸の辺りが暖かくなる。
日ごろの生活では、得ることの少ない貴重な癒しだ。
この関係は大事にしたいとは思う。



周りからの視線は、まだまだ冷たいものが多い。
しかし、そのすべてに対策を取って行くのは、いささか馬鹿らしくも思えた。
今はまだ、この目も前の小さなぬくもりだけで十分。
それ以上は特に要求しない。



その事実をそっとかみ締めるように、私は彼の隣に並んだ。


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