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ネビル少年の顔は青くなったかと思うと、今度はサッと赤みが差し始めた。



「そ、それ、本当?君が?」



そんなあからさまな反応をしなくても、と思う。
これから会う人全員にこういう反応を返されるとは思っていないが、あまりいい気分はしない。



「『生き残った女の子』、『例のあの人』に狙われて唯一生き残った……」



『例のあの人』

そう言った途端、彼は今にも泣き出しそうだった。
きっと自分の両親のことを思い出しているのだろう。
記憶が正しければ、彼の両親はヴォルデモートの関係者の手によって意識が戻らなくなっていたはずだから。



「……そんな、たいそうな者じゃないよ。」



イベリスは視線を窓の外へと戻し、静かに言葉を返した。



「私自身が何かをしたわけじゃない。生まれて間もない赤子が、何かを出来たとは思えない。」



そう、何か出来たわけじゃない。
前世の記憶があろうと、成人と同じくらいの思考力を既に持っていようと、
あのときの自分は単なる赤子に過ぎなかった。



「それでも生き残ってしまったのは、きっと、もう顔も覚えていない両親のお陰。」



声はかろうじて、まだ覚えている。
でも、赤子の視力には限界があったようで、見えてもぼやけた物ばかり。
どんな顔をしているのか、どんな風に笑うのか、怒るのか、泣くのか、
いつの間にか思い出せなくなっていた。



「私自身の力や功績じゃない。」



だから、貴方のような反応をされると、正直困ってしまうわ

そう伝えるとネビル少年は黙ってしまった。
きっと複雑な気持ちなのだろう。
暫く二人とも黙ったままだったが、今度はネビル少年が意を決したようにしゃべり始めた。



「僕のお父さんとお母さんは……、
 僕が1歳のとき、『死喰らい人』に襲われたんだって。
 命は助かったけど、心が、死んじゃったんだって、」

「…うん」

「僕はずっとおばあちゃんに育ててもらってて、毎年、病院にお見舞いに行ってるんだ。」

「…うん」

「目を覚ますのか、どうかは、分からないんだって。」

「…そう」

「声、聞いたこと、無いんだ……
 赤ん坊の時は、きっと聞いたことあったんだと思うんだけど、
 僕、普段から物忘れが酷いからさ、……」



きっと、忘れちゃったんだ……



ボロボロと、涙やら、鼻水やらを落としながら語る少年に思わず苦笑する。
ポケットに入っていたハンカチを差し出すと、ありがとうと言って思いっきり鼻をかみ始めた。

遠慮のない奴だ。



「ご、ごめん!お、おばあちゃんに、いつも泣くなって言われるんだけど……。
 こんな話……、僕のほうこそ不快な思いをさせて、ごめんなさい。」

「別に構わないよ。不快とは思ってないし。慰める事は出来ないけれど。」



今更ながら話題の選択ミスに、自分へ舌打ちをしたくなる。
たしかに自分と彼との間には、いろいろな意味で共通点が多いが
だからといって傷の舐めあいがしたいわけでもあるまいに。
だが、この際だからハッキリしておこうかと思う。
彼にそれとなく自分の思っていることを話しておけば、後々自分に有利な状況を作りやすくなるかもしれないから。
打算的な自分の思惑に気付きもしないであろう、目の前の少年に
ほんの少しだけ自嘲しながら、イベリスは再び話をし始めた。



「覚悟の上だったんじゃない?こういう風になるって事。
 ああ、誤解しないで。何も貴方のご両親のことを言っているわけじゃない。」



いまいちイベリスの言いたい事がわかっていないのか、ネビル少年は目を白黒させている。
そのまま成す術も無く、彼は彼女話を聞くことに徹していた。



「ヴォルデモート…、失礼。名前を出すといけないんだっけ?彼に対抗する事がどういうことか。」



かの偉大にして恐怖そのものといっても過言ではない魔法使いの名前を出して、
悪びれる事もなく謝る彼女は、そのまま所謂『持論』を述べていく。



「つまり、自分の命が危ないということ。家族の、大切な者の命も巻き込むかもしれないということ。
 分かっていたはずだよ。だってかの人の恐ろしさを一番近くで思い知っていたわけだからね。
 関わらず、隠れて息を潜めて暮らす事も出来た。実際ほとんどの人がそうしていたわけだし?
 誰も咎めはしないよ。それでもわざわざ立ち向かっていたんだ。
 何か勝算があったのか。それとも身の危険を守りきる絶対的な根拠があったのか。
 そこまでは知らないけれど、守りよりも攻めを選ぶことで自分達の背負う代償を少なくとも理解はしていたはずだよ。」



結果、私の両親は『勝負』に負けたわけだけど。



「負けたって、そんなこと!」

「もう一度言うけれど、自分の両親の事と混同しないで欲しいな。
 別に私は君のご両親のことを悪く言いたいわけじゃないから。」



イベリスの発言に同意は出来ないけれど、いちよう彼女の意見を最後まで聞くつもりでいるらしい。
ネビルは渋々ながらも自分の意見を言う事をとどめる。
この年で人の話を最後まで聞くことは中々難しい。
少なくとも、自分はそうだったような気がするとイベリスは一人暢気にそんな事を思う。



「両親が何を思って彼らと直接敵対していたのかは分からないし、知る術もない。
 だから客観的な事実だけを見れば、そういうことになるんだろうね。
 それに対して私がとやかく言っても仕方ないけれど。」

「……君は、寂しくないの?」



ポツリと彼は言った。
膝の上に置いた手をギュッと握り締めて、ひたすら視線を下に向けている。



「悲しくないの?……憎く、ないの?」



そう言った彼の瞳の奥には、ほの暗い何かが渦巻いていた。


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