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『 オリバンダーの店 ― 紀元前382年創業 高級杖メーカー 』
剥がれかかった金色の文字を目で追って、かの有名な杖のお店をまじまじと見る。
何とも狭くてみすぼらしい店だ。
「オリバンダー翁、いるか?」
「はいはい、少々お待ちを!」
店の置くからバタバタと言う音が聞こえたかと思ったのに、店主である老人は意外と近くの棚の影から顔を出した。
「おや、めずらしい!セブルス・スネイプにベゼル・ヘルゼイン!」
オリバンダー翁は嬉しそうに目を細めた。
「いやはや、懐かしい。君達がここに来たときのことは良く覚えているよ。
セブルス、君の杖は柳の木にドラゴンの心臓の琴線、27センチ。振り応えがある。そうだったな。」
「そして、ベゼル・ヘルゼイン。君の最初の杖はイチイの木と一角獣のたてがみ、26センチ!
気難しい杖じゃが、一度服従させれば得がたい忠誠を得る。」
「ええ、でも、卒業と同時にぽっきり折れちゃったんですけどね?」
あれは、仕方あるまいと難しい顔をする翁を見ると、この人はまた無茶をしたのだろう。
しかし、翁にとっては丹精込めて作り上げた杖、若干の寂しげな表情はぬぐえない。
「まさか、また杖を折ってしまったということはあるまいな?」
「いえいえ!まだ大丈夫ですよ。今回のは丈夫みたいですから。」
「今日は、この子の杖を見繕ってもらいたい。」
そこでオリバンダー翁は、ようやくカウンター越しにもう一人の客人の存在に気付いた。
黒髪に、深いエメラルドの瞳を持った少女。
「なんと、おやまぁ!そうか、そうじゃった!」
「間もなくお目にかかれると思っていましたよ、イベリス・ポッター嬢。」
翁は、嬉しそうにカウンター越しに握手を求めてきた。
イベリスは伸ばされた手を一度見つめてから翁を仰ぎ見る。
そしてゆっくりとその握手に応じた。
「髪はお父さん譲りじゃ。後はお母さんそっくりの顔をしておる。
あの二人がこの店で杖を買っていった日が昨日のように覚えていますよ。」
2人とも、いい杖とめぐり合えた。
そういって、懐かしそうに目を細める。
その瞳の奥には嬉しさのほかに哀れみの影ちらついていた。
「貴女もきっと自分にぴったりの杖と出会えるじゃろう。杖一本、どれを取っても同じ物はない。
さぁ、では始めようか!」
この老人がこうも元気にいられるのはは、ひとえに、この仕事についているからだろう。
「松の木と不死鳥の尾羽根。17センチ、変身術に最適。」
「ダメじゃな。次は樺の木とドラゴンの心臓の琴線。30センチ、良質で手に良く馴染む。」
「お次は……おぉ!こうれはどうかな?黒檀に一角獣のたてがみ。26センチ、よくしなる。」
実に楽しそうだ。
まるでまだ見えぬ宝を探し当てるように、彼の目は期待でキラキラ、というよりむしろギラギラしている。
なかなか杖が決まらないお客を前に、次から次へと新しい杖を出していった。
「フム、なかなかに難しい。いや、心配なさるな、こういうときこそ私の腕の見せどころ!」
どうでもいいが早く決まって欲しい。
いい加減、こっちが疲れてきた。
「では、これで行こう。めずらしい組み合わせじゃが、柊と不死鳥の羽根、28センチ、良質でしなやか。」
もうどうにでもなれと、心なしか投げやりに腕を振る。
すると今まで芳しくない反応しか起こらなかったのに比べ、やっとまともなモノが見られた。
杖の先端から現れた碧の淡い光。
それは蛍の光のように、弱弱しい光を発しながら少し飛び回ったかと思うと、泡雪がとけるかのように消えてしまった。
随分と地味な反応だ。
「ウーム、悪くない。悪くはないが、良くもない。」
そう言ってイベリスの手にあった杖を取り上げ、再び奥へと引っ込んでしまった。
まだ続くのかと小さな溜息が同時にこぼれる。
少女と、その少女の後ろにたたずむ黒ずくめの男性はうんざりしたような顔をしていた。
その更に後ろで、手ごろな椅子に優雅に腰掛けている男性は、2人の反応を飽きもせず面白そうに見守っていた。
「どれ、もう一つ試してくだされ。」
戻ってきた翁の手には、なんてことはない黒い杖が一本。
柄の部分に蔓のような植物の装飾が施されたものだった。
「イチイの木に不死鳥の風切羽、29センチ。これもまた、めったにない組み合わせじゃ。」
「風切羽?」
今まで大人しく事の成り行きを見守っていたヘルゼインが、訝しげな声を上げた。
「不死鳥が己の自由を犠牲にしてまで、それを提供したって言うのかい?」
「さよう。この羽根を持っていた不死鳥は、かつて仕えていた者の手によって自由を奪われた。
飛ぶ事を許されず、幾度となく灰より甦ってもそれは変わらなかった。」
神妙な顔をしながら、オリバンダー翁はイベリスへその杖を差し出す。
「振ってみてくだされ。もしかすると、もしかするやも知れん。」
何の戸惑いもなくイベリスはその杖を握った。
途端に、わずかに感じられた、震え。
それはイベリスの勘違いかもしれないし、ただ単に、緊張した結果聞こえた幻聴かも知れない。
しかし、それでも確かに、イベリス本人にとって疑いようもないほどハッキリしたものだった。
( ―――――― 鳥、いや、不死鳥? の 鳴声《泣き声》 …… )
あぁ、この子は、この杖は、ずっと泣いていたのか。
すっと、杖を構え真一文字にそれを引いた。
途端にあふれだす朱金の炎、しかし、決して熱くはない。
「なんと?!」
「っ?!」
「ワォ」
ゆっくりとその炎に飲まれ、三人の反応を耳で拾いながらイベリスは目蓋を下ろしていった。
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