04

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「で?それを信じろと?」

「信じるも何も、説明しろと脅されたのですから、ありのままを喋っただけですよ。」

「水溜まりねぇ……」

「いいですよ、信じなくて。私もこんな状況、信じたくありませんから。」



『お人好し』

はて、普段はそんな事周りに言われた事は無かったのだが
いきなり脅され、あまつさえ絞殺されそうになった男相手に治療を施すのは、
一般的にそう呼ばれるものなのだろうか。



「何はともあれ、わんちゃん様々だね。」

「飼い犬の躾ぐらいしっかりしておけ。訴えて勝つぞ。」

「わ、そのネタどこからの引用ですか?南国少年ですか。」

「訳の分からん事言ってないで、さっさと済ませろ。でなけりゃ、その口裂く。」

「お兄さん、俗に言う鬼畜系ですね?」



一時前の混乱が嘘のように、ふざけた冗談をいえるくらいには自分は落ち着いたようだ。
いやはや、一時はどうなる事かと……。



出会い頭に首を絞められ、あれ?な状況の中、
意外にもその手はすんなり放されて肩透かしを食らった。
乱れた息を整えつつ、男の様子を盗み見ると例のわんちゃんが彼の腕に噛み付いていた。
どうやら私は、この子に助けられたらしい。
その様子をぼけぇっと見ていると、苦痛に顔をゆがめた男が声を張り上げる。



『早く、こいつを止めろっ!』

『……え』

『っ、契約者の命令は、絶対だ、言えっ!』



言えといわれても、何を?
取り敢えずこのわんちゃんは私の言う事を聞くそうなので『もういいよ』というと
本当に攻撃を止めてくれた。

すぐに私の傍により、視線を合わせ首を45度に傾ける。

【僕、エライ?】

そんな幻聴が聞こえてきそうなほど完璧なしぐさ。

(この子、出来る……)

負傷者そっちのけで、思わずわんちゃんの頭をなで繰り回した。
痛みで声も上げられなかった彼の存在を忘れかけていたのは仕方がないだろう?許して欲しい。

で、何故私がこの男の治療をしているかというと
このわんちゃん、実はとっても特殊な存在らしく、
この子に負わされた傷は普通の治療では治らないらしいから。

契約者(契約した覚えはないが)の許可がないと治らないのだそうだ。

なんなのだろう、そのファンタジーな設定は。
この子から受けた傷は、呪いのようにやがては全身を蝕み、死に至らしめる。
わぁ、ずいぶんと素敵なオプションだ。

許可、とやらがいったい何を示すのか知らないが、
取り敢えず私が治療をすればいいらしかったので、自分の身の安全の保障と現状説明、
男の自己紹介を条件に冒頭へと戻るのである。

彼曰く、ここはノクターン横丁の最奥地。
ノクターンとはどこだと尋ねれば、イギリスだと答え、
ダイアゴン横丁を知っているかと尋ねれば、隣、ここより西に進めば繋がっていると答える。

そんなまさかと思いつつ、好奇心ついでに更に尋ねる。



「ハリー・ポッターという男の子、知ってます?」

「旧家、ポッター家の血筋を引く。ヴォルデモートを退かせたといわれている。返答は満足か?」

「………ええ、充分です。」



うん、いろんな意味で終わった。



「ふふ、私何か悪い事でもしたかしら。知らず知らずに神の怒りでも買ったの?」



おかしいな、そんなに変わった人生は送ってきていないはずなのに。
もうこれは根本から何かの間違いではないのだろうか。
人生、苦労は買ってでもしろと祖父にいわれたことはあるが、
次元レベルでの迷子となると流石に対処しようがない。



「お前、ソイツがなんなのか知ってんのか?」

「いいえ、知りませんよ。気付いたら、そばに居てくれましたから。」



頭の中で、ひたすら『どうしよう』という5文字リフレインするなか、
まともに返答を返す事ができた私を、誰か褒めてください。



「……ブエル Buer」

「はい?」

「の、化身だといわれている魔法生物の類だ。」

「ずいぶん曖昧な表現をするんですね。」



そしてこんな状況でも、人間会話が成立する物なのかと変なところで感心してみたりする。
うん、華麗に現実逃避をしてみようと思う。



「目撃例が存在しない。生態系も不明。限られた古文書にしかその存在の有無が載っていない、伝説の生き物だ。」

「なぁんでこの子がそんな伝説上の生物だと断定できるんですか…」

「職業柄、とでも言っておこうか。」

「ふぅん、ブエル、ブエルねぇ。」

「ブエルってのは…」

「ブエル…悪魔学における悪魔の一人、ソロモン72柱の魔神の1柱で、50の軍団を率いる序列10番の地獄の大総裁。
自然哲学、道徳哲学、論理学や全ての薬草の薬効を教え、全ての弱った人、特に男性を癒し、よい使い魔を与える。」

「……知ってんのか。」

「ウィキペディアをなめちゃいけません。」

「誰だ?そのウィキなんとかってのは」



うむ、ウィキペデイアが通じないとは。逆に新鮮だ。
なんだよ、しばらく現実逃避に走らせてくれたっていいじゃないか。
意図せずして自分を現状に引き戻してくれたこの男に、恨み事の一つや二つ吹っ掛けてもいいですか?
八つ当たりでもしないと、簡単にくじけそうだ。
いずれにしろ、ここはあの『ハリー・ポッター』の世界らしい。



「……だがしかし、そんな簡単に納得できるわけがない。」



私の心情を察してくれたのか、
わんちゃんが擦り寄って慰めてくれた。
本当に愛い奴め。
名前をつけてもいいだろうか?



「取り敢えず、お前が次元規模の異邦人て話は保留にしておく。こっちに危害を加えないんなら無体なまねはしない。」

「出会い頭に首を絞めてくれた方が、どの口でそのような事を仰る。」

「無理もないさ、この家の敷地は基本的に他者を受け付けないようになっているからな。
家の主である俺に気付かれずに侵入することは、ほぼ無理なんだよ。」

「セキリュティー対策怠ってたんじゃないんですか?普通に入れましたよ、この子も、私も。」

「だからこそ警戒し、とった行動だ。」



ここは、ノクターン。
一つの油断が、己の死へと直結する。



「……物騒ですね。」

「住めば都というだろ。」



そんなデンジャラスな日常、私なら願い下げだ。
そんな事を考えながら、仕上げに男の腕に包帯を丁寧に巻いていく。



「出来ましたよ。傷の具合、どうですか?出来るだけ早く専門家に見てもらうことをお勧めします。」

「……」



男は黙って腕や肩を回し始めたが、手のほうは力なく垂れ下がったままだ。
専門家ではないから、見ただけでは分からないが、もしや動かないのでは……。



「…くそ、この糞忙しい時に。」
「指、動かない?」

「今のところはな…、詳しい奴に聞いてみないと分からんが。」

「……」



ちょっと、正直、気まずい。

だが、こちらが謝るつもりはない。
私だって殺されかけたのだ。
謝ればこちらに非があったことを認めることになる。
それに、私を助けてくれたこの子にも失礼だ。
逆上して、怒ったりしないところを見る限り、この男もそれなりに覚悟していたのだろう。
ただ、自分の油断が招いた結果として、悔しそうではあったが。
どことなく落ち込んだ空気をごまかすように、私の膝に顎を乗せてきたわんちゃんの頭をゆっくりと撫でた。



「ブエルの力で病が癒えた者は生涯、星に祈り、苦境にある者を助ける責務を負うとされる。」

「あ?」

「まぁ、単なる口実なんですけどね?」



自分でも図々しいと思う。それは承知の上だ。
人の縁など、何処で結ばれるのか分からないものだろう?

うん、これも苦し紛れの言い逃れに過ぎないけれど。



「私をここに置いてください。」



藁をもすがる思いとは、こんな状況を言うのかと
出来れば経験したくないものを身を持って知る今日この頃である。


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