04

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この町は腐ってる。
そう気づいたのはいつだったろうか。
裕福に、平和に人々が暮らす“入り口側”。
騙し、騙されるのが日常の“出口側”。
いつからそういう風に呼ばれているのかは分からない。
別に“此方側”に町の出口が在る訳ではない。
この町に存在する出入り口は“あちら側”にある門一つだ。
そんな可笑しな矛盾からこんな解釈もされている。
死に行く者が“出口側”に集まる、と。
実際、その噂を鵜呑みにした若者が“此方側”に来て自殺する事も度々ある。
そんな非日常的な事が起こる所に、何故部外者がいるのかほとほと疑問だ。

「こんにちは!」

ニコニコと“この場所”に似つかわしくない笑顔を惜しげもなく晒す部外者。
服から見ておそらく、政府の働き蜂と言われる郵便配達人、BEE。
何故ここにいるのか、もう一度思考を巡らすが良い案が思い浮かばない。

「イゴティス=A=プレシルヴさんのお宅ですか?」

「……何か用か?」

自分に用があったらしい。
この会話からも分かるように、ここは俺の家だ。
一人暮らしをするのに丁度よい狭さのアパートの一室。
それが俺の居場所。

「郵便です! サインか判子をお願いします!」

小包を左手に、サインを書くのであろう紙を右手に持って前に突き出してきた。
差出人は……以前ここの生活に飽きたと言って町から出て行った腐れ縁の悪友か。
どうせ訪れた先で見つけた趣味の悪い(本人曰く面白い)物だろう。

「政府の働き蜂がご苦労なこって」

きっとコイツは此処みたいな生活をした事が無いのだろうな。
これだからユウサリの連中は不快感を覚える。

「労いの言葉ありがとうございます!」

皮肉だと気付いていないのか、はたまた気付かぬ振りをしているだけなのか。
どちらにしても性質が悪い。
加えて不快指数が跳ね上がった。

「……サインが無けりゃ困るのか?」

「そうですね……確認が取れなければ仕事をこなしたとは言えないので、困ります」

これまたニッコリと笑顔のまま言ってのけた。
……ユウサリの奴らは皆こうなのだろうか。

「悪いな、今ちょっと忙しくて手が離せないんだ。そこで待っててくれりゃあ判子を持ってくる」

「了解しました! ここで待っていれば良いんですね?」
「ああ」

この辺りで金目の物を持って立ち止まる、それ即ちカモにされる事だ。
暫くすればコイツの情けない悲鳴が聞こえるだろう。

「(俺の機嫌を損ねた奴が悪い)」

そのまま部屋へ入り寝転がった。










どの位時間が経っただろうか、いつの間にか居眠りをしていた様で今しがた起きた。
外に人の気配は感じられない。
あのBEEは長く待ちすぎて帰ったのか、それとも此処の住人の餌食になったのか。
取り敢えず玄関を開けてみた。

「判子持って来ましたか?」

「っ!?」

気配は感じなかった。
そりゃ俺は超人じゃないからジッとしている奴の気配なんて感じない。
だが、此処で、この場所でユウサリ奴がジッと待っているなんてできるはずが無いのだ。
此処には、多かれ少なかれユウサリやアカツキの者を妬んでいる奴らばかり。
確実にBEEは絡まれるはずと踏んでいた。

「……誰も此処を通らなかったのか?」

「すみません、長く掛かりそうだったので他の配達を優先させて頂きました! 貴方宛の小包が最後となります!」

今日は厄日らしい。とことん俺の思い通りにならない。

「っはは、流石は都会育ち……運まで味方に付けるとはな」

我ながら筋の通らない事を口走っている。

「良いですねぇ。政府の言いなりになっていれば生活が保障される働き蜂は!」

違う。
こんな事が言いたいのではない。
違うのに。
居た堪れない沈黙が続いた。

「……僕には仲間がいます」

静かに、言い聞かせるようにBEEの奴が話し始めた。

「僕と共に行動する相棒(ディンゴ)がいます。
僕を心配してくれる上司達がいます。
僕の危機を何度も救った心弾銃があります。
そして、僕の話に付き合ってくれる友がいます。
……“僕の物”といえる物は、これ位です」

笑顔。
コイツは笑顔しか表情を知らないのだろうか。

「ご飯は大抵毎日三食食べれますがその殆どが僕のモノ(物)ではありません。
郵便館にいれば暖かいベッドで寝れますがその殆どが僕のモノ(意思)ではありません。
いつも清潔な服を着れますがその殆どが僕のモノ(意向)ではありません。
僕が比較的裕福な生活をしているのは事実です」

でも、と一度言葉を切り小包を差し出してきた。

「それ以上に、人のココロとココロを繋ぐ事ができるこの仕事に『悦楽』を見出せるから頑張れるのです。頑張ってテガミを、ココロを運ぶのです」

まるで小包にココロが入ってるかのような言い方。

「僕はかけがえのない物を持っているし『悦楽』を感じる事ができます。そのきっかけになったこの仕事、テガミバチに誇りを持って取り組んでいます」

言外に、コイツはその他の物はどうでも良いのだと言っている。
酷く、今までの自分がちっぽけに感じた。

「……そうかよ」

この町で、目的も無く暮らしている俺はいったい何なのか。
飽きたと言ってこの町を出た悪友の方がよっぽどマシな生き方だと思い知った。

「……ホラ、判子押してやる。紙出せ」

「ありがとうございます!」

元気の良い声。
なんだかコイツの笑顔に騙された気分にもなったが、それでも良いかと思えた。

「テガミ、ありがとうよ」

「どういたしまして!」

ニコリと気持ちの良い笑み。
このいつも笑顔を見ている奴はさぞかし毎日が幸せなのだろう。
判子を押した紙切れをBEEの奴に渡した。

「レイジーっ!!」

「ザジ! 配達今終わった所!」

仕事仲間か、同じ服装の黒髪少年が道の角から走りってきた。
心なしか、汗が滲んでいる。

「おっせんだよ!! どんだけ探したと思ってんだ!?」

「えへへ〜!」

「んのっ、どアホ!あー心配してソンした……」

「探してくれてありがとう!」

「反省の色皆無かよ!?」

彼がコイツの言う仲間か、上司か、友か。
どれにしたって、羨ましい限りだ。

「ではMr.プレシルヴ、またのテガミバチご利用をお待ちしております!」

最後、敬礼のようなポーズをしてBEEの奴は去っていった。
すぐさま黒髪少年から「敬礼は右手だ!」と突っ込まれていたが。

「……旅にでも出てみるかね」

そして小包の差出人でも探してみよう。
先程のやり取りを見て、ほんの少しかつての悪友との思い出に懐かしさを覚えた。


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