07

-----------------------

快晴の朝に目を瞬かせ、昨日の狸爺との攻防の疲れを忘れ去ろうとしていたエドガー。
しかし今は朝の浮上した気持ちさえもどん底に落としかねない事態になっている。
その理由は一つ。
前を歩く面々の歪さにある。

一人は、爽やかな出で立ちで歩く使用人。
一人は、その使用人の雇い主であるキムラスカの王族。
一人は、その王族を事故とは言え誘拐したとされるローレライ教団の情報部。
一人は、グランコクマの王から絶大の信頼を得ているという懐刀で別名を死霊使い。
そして、極めつけはローレライ教団の最高権威にして指導者の導師。

何が可笑しいかと聞かれれば何もかもが可笑しいだろう。
あえて言おう。
どうしてこうなった、という思いがエドガーの思いの全てである。



ローテルロー橋が落ちてしまった海を、アスターが手配した船で渡ったエドガーとガイ。二人はそのままエンゲーブへ向かう所であった。しかし、エンゲーブまで行った所で目についた物によってエンゲーブへの到着は無くなってしまった。マルクト軍の陸上装甲艦タルタロスが停留していたのだ。
軍属でなければまずあそこまで接近して装甲艦を見る事は無いだろうし、ましてやこれは敵軍の物だ。珍しい事この上ない。そんな経緯により、譜業好きのガイが黙っている筈も無かった。
「ちょっとだけ……見るだけだから……!」というガイのキラキラした切実な目に、エドガーが根負けしたのだ。かくいうエドガー自身も一人の男である。こんな立派な装甲艦を目にして、いつもと違って感嘆の溜息を吐いたのも事実だ。
しかしその行動が運の尽き。いや、結果的に二人にとっては、ルークと落ち合えたのだから運が良かったと言っても良いだろう。だが、タルタロスにひっそりと乗り込んだ瞬間タルタロスが発進し、あれよあれよと言う間にエンゲーブ方面から遠ざかって行ったのだ。
二人とも最初は焦っていた。なんせ途中グリフィンの大群には襲われライガも攻撃してくる。忍び込んだ身としては大きな行動に出れず、ひたすらタルタロスから抜け出す好機を探っていた。そんな折に見つけたのが、探し人のルークだ。
タルタロスが突然止まったのを機に脱出を試みようと、手際よくガイが窓枠を外していた時、外にいたのがルーク達だったのだ。
窓枠の傍にいたガイは、外した窓を捨て置いてそこから飛び降りていった。ガイと同時にルークの存在に気付いていたエドガーもそれに続き、ガイは魔物を伸し、エドガーは女軍人から人質を救出したのだ。後にその人質が導師イオンであることに気付いた。
そんな事があった後、自己紹介も無いままに今に至る。他のメンバーと落ち合う場所がセントビナーだそうで、急いでそこに向かっている最中という事だ。

「胃に穴が空くんじゃなかろうか」

思ってもいない事ではあるが、エドガーは今の心境を誇張して言って見せた。
といってもその呟きを聞いたのは彼のすぐ前を歩く使用人、基ガイだけだ。
ガイはクスクスと笑いながらエドガーの隣まで移動してきた。

「エドガーは胃に穴が空くほど繊細じゃないだろう」

ガイもエドガーに倣って小さな声で言葉を返した。

「言うじゃないか小僧。そういうお前は今にも倒れそうだな」

「皆まで言わないでくれ……」

「難儀な体質だな。近寄るなよ、俺はノンケだからな」

「俺だって女の子が大好きだ!」

器用に、小さな声で最大限の主張をしてみせるガイだがエドガーはそ知らぬフリをした。
言っても無駄だと判断したのか、ガイは肩を落として歩き続けた。

何故こんなにもガイの体調が悪いかと言えば、それはエドガーが言った通りガイの特殊な体質にある。
彼は女性恐怖症である。
よって前方を歩くティア・グランツの存在が彼を必要以上に緊張させているのだ。

それを際立たせたのが、後に改めて自己紹介する時のティアに対する異様な怯えを見せるガイの姿。

いつもの爽やかさは何処へやら、膝がこれでもかと笑っている彼を見てエドガーは同情の目を向けた。
瞬時にその表情を引っ込ませて仕事の顔になる。つまりは無表情。

「ガイの女性恐怖症は理解しました。それで、貴方は?」

マルクトの死霊使い、ジェイドがエドガーを見ながらそう問うた。
ジェイドの赤い目がエドガーの金の目を見据える。
エドガーはその視線に怯む事無く、どちらかと言えばいつも通りの胡乱気な目をして口を開いた。

「ルーク様付きの傭兵をしている、エドガー・アルタスと申します」

先程ガイと会話していた時と打って変わって、丁寧な口調で自己紹介をするエドガー。
彼はジッと目の前の者達を改めて観察するように見つめた。
金色の双眸に見つめられる形となった者達は、その珍しい色の眼光に一瞬息を呑む。
しかしその力強い眼光はすぐに打ち消された。
ルークが彼のマントをクイクイと引っ張ったからだ。

「いかがなさいましたかルーク様?」

「……それ、今は別に良いだろ?」

“それ”とは、エドガーが普段ルークに対して使わない敬語の事。
何かを伝えるために意識を自分に向かせたルークであったが、当初の伝達事項よりも自分の不快感を拭う事を優先した。

「ルーク様」

しかしエドガーは譲らなかった。
彼は今まで記述されてきた通り、かなりの面倒臭がりだ。
面倒な事が起こらない様にする努力は極力行わない。
つまり、ファブレ家の者に「エドガーがルーク様に不敬を働いた」などと言う噂が流れないような努力は怠っていない。
度々その心掛けが疎かになりメイドに見つかるが、今の所彼がファブレ家の当主から信頼を削ぐ様な噂はたっていない。

「……」

自分の我侭が聞き入れられないと分かったのか、ルークが眉間に皺を寄せ不機嫌そうな表情をした。
しかしそこから何か言及する事は無かった。
それを見たティアが、行き場の無い違和感を感じた。
タタル渓谷からの付き合いをしてきた彼女からすれば、文句を言わずにただ黙り込むルークを初めて見た事になる。
ルークとエドガーの間にどんな意思疎通がなされたかという事よりも、ティアにとってはその違和感のありかが気になった。

そんななんとも言えない空気の中、渦中のエドガーと黙っていたジェイドが同じ方向に目を向けた。
二人とも今まで以上に鋭い目付きである。

「やれやれ。ゆっくり話している暇はなくなったようですよ」

二人の視線の先には、神託の盾騎士団の姿。
エドガーは、怯えた顔をしたルークを一瞥して長さの違う剣を両手に構えた。


[] | []

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -