06
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先を急ぐ筈の旅路の途中、エドガーとガイは煌びやかな部屋でふかふかのソファに座っていた。
二人とも目前に置いてあるティーカップには手を付けていない。しかし二人の態度は対照的だ。
ガイは突然招かれたこの屋敷に緊張しているのか、肩に力が入っている。それに比べエドガーは、若干開き直ったように背凭れに体重を預けて寛いでいる。
屋敷に入って一言も発さないまま暫く時間が過ぎる。ガイがそわそわとし始めた時、やっとその場に変化が起きた。奥の扉から、先程エドガーに「アスター氏」と呼ばれた者がやってきたのだ。
「やあやあ、お待たせして申し訳ないねお二方」
「本当ですよ、こちらは急ぎなんです。御用があれば手短にお願いします」
口調は丁寧その物だが、エドガーの視線は一切アスターに注がれる事はない。その様子を見てガイが慌てるのは無理ない事である。ここは相手のホームグラウンド、相手の気分を害してしまえば更なる足止めになってしまう。
しかし、アスター自身は楽しそうな表情を崩す事無く、どちらかと言えば笑みを深めて口を開いた。
「まあそう言うなエドガー君、ワタシの勧めたビジネスで君が被害を被った事など無いだろう?」
「完璧なるギブアンドテイクでしたね。そのお陰でマイナスはありませんがプラスも皆無です」
「ヒヒヒ、お褒めに預かり至極光栄」
何処に褒め言葉があったかは分からないが、アスターにとってはどれかが褒め言葉だったらしい。
しかし、その瞬間からアスターの目から鋭い光が放たれた。その気配に気付いたエドガーは、外していた視線を初めて合わせた。
「ビジネスの話をしようかエドガー君」
「先程も申しましたがこちらは急いでいます。対価は後日となりますが?」
「『貸し一つ』で良い。それに君にとって今最も重要な情報をワタシは持っている」
「……」
エドガーにとってアスターとは、抜かりの無い狸爺と認識されている。その理由は、今までに無理難題の依頼を言い渡されたり強要されたりしてきた事にある。エドガーがそれらの依頼を全て成功させ、そアスターがその成果に見合った報酬を与えてなければ既に縁を切っていただろう。
そんな間柄故、エドガーのアスターに対する警戒心は強いがそれと同等に信頼の念を抱いているのも事実だ。エドガーは沈黙の末溜息を一つ吐き、アスターに続きを促した。
「君の今の主な雇い主はファブレ家だったかな?」
「ええ」
「本日の早朝、朱色の髪の毛で緑色の目をした男がエンゲーブで目撃されたらしい」
「なっ! 本当ですか!?」
アスターの情報を聞いて思わず席を立ったのは、話を横から聞いていたガイ。それを見て、アスターは満足げな表情をしてエドガーは苦虫を噛み潰したような顔になった。
「ガイ……」
「え?」
「ヒヒヒ、やはり君らはご子息の捜索をしているようだね」
どうやらエドガーはとぼけようとしていたらしい。
後悔先に立たず。気付いたガイは申し訳無さそうにそそくさと席についた。
ガイが身を小さくしている様を横目で見て、エドガーはまたも溜息を吐いた。
「それで、俺に何させようって言うんですか?」
「『貸し一つ』と言ったでしょう? 今回は後払いで充分ですよ」
「そうですか」
それを聞いてエドガーは考えるように顎に手を添えて思考の池に落ちる。
エンゲーブという事は陸路でバチカルに行くのと海路でバチカルに行くのと同じくらいとなる場所だ。上手い具合に途中で落ち合えれば万々歳だが、仮にもエンゲーブはマルクト領。何が起こるか分からない。やはり早めに落ち合うのが妥当だろう。
「貴重な情報感謝します。借りは後日、利子も付けてキチンと返します」
そう言って立ち上がろうとするエドガー。しかしその行動を、片手を挙げる事で止めるアスター。
そんなアスターの動きに眉を寄せるエドガーだが、大人しく上げかけた腰を下ろした。
「もう一つ、その目撃情報と時を同じくしてローテルロー橋が壊されたらしいのです」
「……」
本日三度目の溜息。
ルークが陸路でバチカルに来る可能性は皆無となった。
つまりエドガーとガイは、海路へ向かうルークを追いかける事になる。
「船もお出ししようかな? ローテルロー橋の修繕はワタシが仲介をしますので西ルグニカ平野までなら送れますよ」
「……仕方ありません。お願いいます」
「ヒヒヒ、ご心配なさらずとも『貸し一つ』という条件は変わりありません」
こうしてエドガーとガイの旅は大分ショートカットされる事となった。
エドガーにとってアスターに借りを作ってしまったという代償はあるが、相手がアスターな分対等である事が救いだ。
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