03

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誰かが整備している様子もない、鉄骨のみで組まれた階段のような物。しかし階段と言うには些か不便である、手摺すら無いその“段”の連続。それをしっかりとした足取りで下る男が一人。

フードを目深に被り、背に大きなリュックを背負って、ただひたすら暗い地下層へと足を進めている。暗くて分かり難くはあるが、片方の手に一輪の花が握られている。
洒落た花などでは決してなく、花弁すらも緑色の、花束であれば脇役として添えられるような花。それを大して大切そうに扱うでもなく、しかし手が滑って落とす事も無さそうな風にフラフラと、段を下る毎に振っている。

もうすぐ段が終わる頃、下ばかり見つめていたその男がようやく前を向いた。暗闇に光る二つの金色、彼の目からは不気味ささえ感じられる。
目を向けた先に何がある訳でもないが、男は前を真っ直ぐ見つめる。彼の目に何が映っているのか、知る人は誰もいない。

段が終わり、ようやっと傾斜の無い地面に足をつけた男はそこで一旦足を止めた。
目が慣れていても見えるかどうか判断しかねるこのキムラスカの最下層。しかし男は、まるで周りが見えているかのようにぐるりと辺りを見回した。
そして彼はいつもの溜息を吐くわけでもなく、面倒臭そうな表情をするわけでもなく、目的地へと再び足を踏み出す。

彼は前回までの話で出てきている張本人、エドガー・アルタスである。エドガーはゆっくりと、慎重に歩みを進める。

最下層民の者は皆表社会から追いやられた側の人間だ。自分達を追いやった表社会の人間、つまり“上”から来る者には多大なる先入観と警戒心がある。その為こちらに危害を加える気が無くとも、彼らにとっては段を下ってきたという事だけで敵と認識されてしまう事が多い。

エドガーはそれを踏まえた上で静かに、また少しだけ急ぎ足で、暗くて舗装もされていない道を進む。
少し歩いた先には開けた場所があり、彼はそこでもう一度足を止めた。人影のようなモノがちらほらと見当たるが、キムラスカの明るい街並みからは想像もつかないじっとりとした雰囲気だ。その広場のような様相をしている所の真ん中をエドガーはジッと見つめていた。
不意に、彼は手に持っていた花を握りなおして、いままで見つめていた場所へ向かう。彼は数歩歩くだけで辿り着いたその場所に、手にある花を投げ置いた。カサリ、と小さな音をたてて落ちた花の上に、今度は背負っていたリュックを置く。勿論下敷きとなった先程の花はグシャリと潰れたが、彼はそれに構う事もなくすぐさまその場を離れた。

彼が離れた後、リュックの周りにはちょっとした人だかりができる。最下層民独特のコミュニティが出来上がっているそこは、意外にもエドガーという一個人を強く拒絶している訳ではなかった。
何を隠そう、短い間ではあったが彼もこの最下層で過ごしていた事があるのだ。昔からここで暮らしている者からすれば、エドガーとは既知の仲である。そんな彼が置いていく物は、いつもここの住民に必要な物資だ。

言葉を交わす事は無くなったが、確かにそこにはエドガー・アルタスと最下層民との繋がりがあった。





「ふぅ……」

暗い最下層から地上へ上がってきたエドガーは最初に小さく息を吐いた。いくら最下層で暮らしていた事があったとしても、彼は今地上の暮らしが日常だ。その為地下の空気の澱みは少々慣れない物がある。誰だって慣れたくもない事だが、彼自身慣れてしまっていた時期があったのも事実だ。

彼としては、今日はこのままシャワーでも浴びて一日何もせずに終えようとしていた。毎年この日はいつもそうする事にしているのだ。ルークの言っていた、エドガーが毎年決まって休む日の過ごし方は例年通りであった。

今この瞬間までは。

― バサバサッ ―

エドガーからかなり近くから聞こえたであろう鳥の羽ばたく音。それを胡乱気な目で仰ぎ見た彼は、一瞬眉を顰める。そして一度溜息をついて、とりあえずシャワーだけは浴びよう、と思い今までよりも急ぎ足で帰路に着いた。

『エドガー・アルタス殿 至急ファブレ邸に来られたし』

ファブレ家の伝書鳩がその足に括りつけて持ってきたであろう内容を、彼は寸分違わず予想して見せたのだった。


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