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「言った通りだったろ?」
馬車に揺られながらルークが満足気に話す。相手はティアとジェイドだ。ガイはルークのその様子に苦笑している。ちなみにアニス、イオンの両名はグランツ謡将と一緒の辻馬車に乗っている。別の辻馬車に乗る前、アニスが「ルーク様と離ればなれになって寂しいですぅ」と例の如く大袈裟に落ち込んで見せていた。ルークがそれに対して「港に着くまですぐじゃねーか」と見当違いの受け答えをしていた事のいつもの事だ。
「流石はファブレ家お抱えの傭兵と言いますか。まああの位出来て当たり前なのでしょうね」
ルークの斜向かい、つまりエドガーの真向かいに座っているジェイドの言葉を受けてエドガーが眉根を寄せる。単にジェイドに賞賛されるのに違和感を覚えるのだろう。賞賛かどうか分からないところだが、一応賞賛と受け取るエドガーだった。
フレスベルグを撃ち落とした後、エドガーはライガの片前足を譜銃の照準を合わせた。撃った譜弾はライガに避けられてしまったが、その後目眩ましなどを使ってライガの両後足の腱を切った。その間繰り出される幼獣のアリエッタの譜術はきっちり避けながらだ。
最後は、後衛を受け持っていたアリエッタ。第三師団師団長と言えども前衛が居なくては格好の的である。そもそも後衛とは前衛ありきの物だ。後衛にとって限られた場所での一対一は避けるべき事態である。そんな状況に陥ったアリエッタは、数度の攻撃で張っていたバリアも崩れ、首筋に刃が添えられる形となった。
余談ではあるが、この時はまだアリエッタは攻め手を止める気は無かった。距離を取ることさえできれば瞬時に術を発動させることも可能であったからだ。手段を選ばなければ、首の皮を切られる覚悟で術の行使もできた。それをしなかったのは、エドガーが彼女の戦意喪失しない目を見て譜銃を導師に向けたからである。勿論向けられた本人に悟らせないために、エドガーがいつも着ているフード付きマント越しで。言外に「詠唱を開始すれば導師を撃つ」という脅しだ。彼女は母親の仇の他に導師にも執着していた。それを見越しての判断だ。当然エドガーには本気で導師を撃つ気は微塵も無かったが、彼女は悲痛な面持ちのまま、譜術発動の媒体であるぬいぐるみをその場で手放した。この状況を知り得たのは当人達のみである。
閑話休題。
その後、アリエッタの処遇をどうするかと話し合われ始めた所でヴァン・グランツ謡将、神託の盾騎士団首席総長が現れた。話は急激に収束し、アリエッタは神託の盾に引き渡され他の面々はヴァンが連れて来た馬車に乗りカイツール軍港に戻ることになった。冒頭はその道中の会話だ。
「まあ本当に優秀であれば、ルークがこんな所にいるはずも無いのでしょうけど」
しかしジェイドは一言多い。
「ちっげーよ! ティアが屋敷に忍び込んだ日は丁度エド休み取ってたんだよ!」
「おやそうでしたか、これは失礼」
顔を真っ赤にして反論するルークを楽しそうに見るジェイド。そんな時「そういえば」と口を開いたのはガイであった。
「言っちゃなんだが、ティアが屋敷に侵入したタイミングは確かにぴったりエドが休む日だったな。知ってたのかい?」
ジェイドの隣に座っていたティアに話を振るガイ。ちなみにガイはエドガーとは逆のルークの隣に座っている。
「それは……黙秘権を行使します」
「なるほど、情報部ってのも伊達じゃないってワケか」
勝手に納得したガイは背凭れに身を預け嘆息を吐いた。
「そんな事まで調べてんのかよ神託の盾騎士団って」
「必要に迫られない限りプライバシーを侵害するような事はしないわ」
ルークの侮蔑するような視線と言葉にめげず、ティアはしれっと返答した。
「例えば?」
「騎士団内で不正が行われた疑いがある時とか」
「エドは神託の盾じゃねーじゃん」
「なんで情報部がエドのことを調べた事前提になってるのよ!」
「情報部っつーかお前が調べたんだろ」
「どうして断定的なの!?」
「だってお前違う時ははっきり違うって言うじゃん」
ルークの物言いにグッと言葉を詰まらせるティア。心当たりはあるのだろう。彼女は嘘を吐けないタイプだ。彼女自身自覚済みである。
「まあでも、あの譜歌かまされたら流石のエドも怯んだだろうなぁ」
不穏な空気になってきた所を上、手く軌道修正するのはいつもガイだ。今回の場合軌道修正と言うよりも軌道を反らすといったところか。
「通常の譜術とそう変わりない攻撃力を持っているのがユリアの譜歌ですから、確かにエドと言えども膝をつくくらいの事はするのでは?」
一番に話に乗ってきたのはジェイド。顎に手をあて一瞬考えた後に出た言葉はガイに賛同する意見だ。
これまで道中の戦闘でも、ティアの譜歌は絶大な効力を見せていた。譜術士の補佐的役割と認識されている音律士(クルーナー)ではあるが、そんな枠には嵌らないのがユリアの譜歌である。
「えー? エドが膝をつくって全然想像できねーなー。エドって誰かに負けた事あんの?」
それでもルークには、エドガーが負けるという場面が思い起こせないらしい。純粋な目でエドガーを見る。返答を求められた彼は口を開かない訳にもいかず、少し考えたのちに喋りはじめた。
「先日、砂漠越えの際キャラバンの真似事をした時に、強力な魔物相手に何度か敵前逃亡を致しました。積み荷に傷をつける訳にも行きませんでしたし、時間もそう無かった時だったので」
「真っ向勝負とかでは?」
「……勝てない勝負は極力しない主義でして。ああしかし、やはり自分の師には勝てた試しがありませんでしたね」
「「え!?」」
驚愕の声が上がったのは二人。一人は勿論ルーク、もう一人はガイ。最初に「エドでもティアの譜歌には敵わないだろう」と言った彼もが驚いたのには当然理由がある。
「エド、剣の師匠がいるのか?」
「俺には我流って言ってたじゃねーか!」
どういうことだ! と詰め寄るルーク。ここで初めてエドガーは二人が何に驚いてるのか理解した。
そして二人の勘違いの訂正の為に再び口を開く。
「“剣の師”と言うわけではございません。傭兵業の師と言いますか、今私がこの生業をするにあたって手本とした人です」
同席している一同が皆一様に納得し、感嘆した。エドガーにもそんな人がいたのかと。唯一エドガーよりも年上のジェイド以外は、想像がつかないのだろうか、いったいどんな人だったのだろうかと思いを寄せた。
「なあなあ、どんなヤツだっ「そろそろカイツール港に着きますよ」
丁度ルークが質問攻めをしようとした時に御者からそう声がかかった。程なくして敬礼をするキムラスカ軍のお出迎えが見えてきた。
誰ともなく、この話は打ち切りだという空気になり、全員が荷物の降車の準備に取り掛かった。
御者からの声に、人知れず、エドガーは安堵したように瞼を落とした事を知る者はここに誰一人いなかった。
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