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フーブラス川でのアリエッタの強襲。しかしそれは瘴気とティアのお陰で大事に至らなかった。そして今、ティアにユリアの譜歌についての疑問を投げかけたカイツールまでの道中、話の矛先はエドガーに変わった。

「それにしても、エドはアリエッタが来た時あまり驚いていませんでしたね」

いつの間にかルークが付けた愛称で馴染んでしまった呼び名。誰も突っ込まないからエドガーもそのままにしている。最初に呼び始めたルークもあまり気にしていないようだ。

「……一応、驚いてはいたのですが」

「ほぅ」

ジェイドの言葉を受けてエドガーは正直な答えを提示した。
驚いていなかった訳では無い。ただ驚いた観点が「妖獣のアリエッタって本当にちっせーな」という事なのではあるが。

「そういやエドは昔っから表情乏しかったな。最近は昔ほどじゃ無いが」

話に入ってきたのは、エドガーがファブレ家に来て間もない頃から知っているガイ。彼の言う通り確かにエドガーは当時表情が乏しかった、欠落していたと言っても良いだろう。しかしファブレ邸で過ごす内に、ルークの非常識な行動を傍で見ていて、いつしか面倒臭そうな顔が常となってしまった。

「そうか? 分かりやすかったと思うけどなー」

ルークの言葉に奇妙な沈黙が流れた。

「な、なんだよ」

「いや……流石と言うべきかなんと言うか」

沈黙が流れると思っていなかったルークの戸惑いの含んだ声に、ガイが苦笑で返した。話題の中心であるエドガーは、出そうになった溜息を呑み込んだ所であった。

「分かりやすかった、とは具体的にどんな具合だったんですか? 先ほどのガイの話では表情は分かり難かったそうですが」

敢えてなのか天然なのか、イオンは皆が聞かずにいた気になる問いをストレートに聞いた。聞かれたルークは少し考えたあと口を開く。

「面倒臭ぇって顔」

そこにいた全員が「(それは分かる)」と心の中で言った。エドガー自身も隠しているつもりはないから「そりゃそうだ」としか思わない。しかしその次の言葉には皆が一様に動きを止めた。

「最初の頃はその表情と、あと寂しそうだったなぁ。今はそん時よりちょっと楽しそう。あ、でも外に出てからはそうでもねぇな」

そういやなんでだ? と発言をするだけして疑問を投げるルーク。当のエドガーはどう答えようか悩んで黙りこくっていた。

「まいいや。早く行こうぜ」

答えようとしないエドガーに痺れを切らしたのか、ルークはさして気にした風でもなく先へ行くことを促した。そんな様子のルークに少々肩透かしを食らうも、答えを考える事すら面倒になってきていたエドガーはそのまま歩き出したルークに倣った。
最初に話を振ったジェイドも、ここが頃合いと判断してそれ以上聞く事は無かった。





カイツールでアニスとの再会を果たした一向。アニスの二面性を目の当たりにした後、話題は旅券の話へと移る。

「旅券ならヴァン謡将が持ってくる筈だ。それまで宿で待つ事になるな」

ガイの言葉に表情を明るくするルーク。それに対しティアは顔を険しくする。

「ヴァン……」

「お前まだ師匠を殺そうとしてるのかよ」

「貴方には関係ない事よ」

「なんだと!?」

こうやって見るとルークの方が年上で、且つ敬われるべき存在であるという事実が無き物とされている事がうかがわれる。そんなティアの態度を見てエドガーは遠い目をした。キムラスカに入った後でもこの調子ならば彼女は不敬罪を問われるのではないか、という考えの元だ。
そんな事を脳内で思考していたエドガー。しかしその次の瞬間、彼は視線を鋭くさせてルークの腕を掴んだ。

「っ、わっ!」

「お、っと!」

エドガーは掴んだ腕をそのまま引っ張って、ルークをガイの所へ投げるように放った。突然の事に戸惑ったガイだが、転ぶ事無くルークを受け止める。ガイが視線をルークからエドガーに移した時、既に弾ける様な金属音を奏でていた。
皆から見てエドガーを挟んだ向こう側には、血のように鮮やかな赤い髪の毛が見える。鮮やかな血、『鮮血のアッシュ』その人だ。

「邪魔すんじゃねぇ!」

「アッシュ!」

不意打ちに失敗したアッシュは、眉間に皺を寄せたまま叫ぶように言い放った。その直後に、丁度カイツールのマルクト側に来たらしいヴァンが彼の名を呼んだ。ヴァンが現れた事に対してアッシュは舌打ちをすると、急に現れたのと同じように颯爽といなくなる。

エドガーは内心驚きが隠せなかった。アッシュの顔を真正面から見た彼が驚かないはずが無い。アッシュの顔は、ルークのそれと酷似していたのだから。
赤い髪と緑の目はキムラスカの王族のみの容姿。その上そっくりさんとくれば、これは偶然の一致と言えるか。答えは限りなく否に近い。

「エド!」

いつの間にかヴァンの所に走り寄って話していたルークがエドガーを呼んだ。エドガーはゆっくりとルークを見た。
17歳としてはまだ幼さの残る表情、アッシュほど濃くはない朱色の髪の毛。違うと言えばそのくらい。しかし決定的に違うのはきっとその中身、精神の部分。

「どうしたんだ? さっきの奴になんかされたのか?」

眉を顰めながら覗き込むように尋ねるルーク。それを見たエドガーは、暫く黙った後に「……いや」と一言言って目を伏せた。


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