08

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夜、ルークを始めとする六人と一匹が焚き火を囲んでいた。その中で一人、地平線が見えるほど広大なルグニカ平野に正面を向け立っていたエドガーは先程の戦闘を思い返していた。

追手の神託の盾騎士団が残り一人となった時、エドガーはルークを挟んだ形でその追手を討ち取ろうとした。討ち取れる範囲内にエドガーはいた。しかし、その前に邪魔が入ったのだ。
ティア・グランツ。
彼女がルークと神託の盾の間に割って入り、腕を傷付けてまでルークを守った。エドガーは彼女のその行動によって構えを中断せざるを得ず、思わず舌打ちをしたのだった。
ティアを負傷させたからではない。付け焼刃のチームワークで、歯車が噛み合わず上手く立ち回れなかった事自分に対しての舌打ちだ。

彼の仕事はあくまでもルークを無事にファブレ邸に連れ戻す事とティアの同行。ティアが負傷しようとどうって事無いが、それによってルークが戦う事に恐怖を覚えればこれからの旅に支障をきたす。
エドガーは無理にルークを戦闘に参加させようとは思っていない。しかし、彼がそれを是としないのは今までの付き合いで分かっていた。
エドガーはいつものように溜息を一つ吐いて、本格的な剣術を教えなかった主席総長を無言のまま恨んだ。

「エド、あのさ……」

恨み言を脳内で呟こうとしたエドガーを後ろから呼ぶ声。以前まで屋敷で元気良く喋っていた頃と違い、何か思い悩んだような声色を放つルークをエドガーは振り返った。

「いかがなさいましたかルーク様」

若干他の者達から離れているとは言え、普通に話す声ならば聞こえてしまう。焚き火との距離を目算してそう判断したエドガーが敬語のままルークに応えた。
それに気付いたルークは少し悩んだ末にエドガーの腕を掴んで焚き火から離れた。導師であるイオンがそれに気付き声をかけようとしたのだが、素早くガイがイオンを呼び止める。ルークの行動を始終目で追いかけていたガイのささやかな思いやりと言えよう。

焚き火から幾らか離れた所でルークは足を止めた。しかしエドガーの腕を掴んでいる手は離さない。
俯いたまま何も喋らないルークに、エドガーは小さく息を吐き、自身の腕を掴んでいる震えた手を軽く叩いた。

「ルーク、俺に何か聞きたかったんじゃないのか?」

敬語を取り払ったエドガーに突然顔を上げるルーク。口を開いては閉じ、開いては閉じるルークをエドガーは辛抱強く待った。

「……その、エドは今まで……何人人を殺した?」

やっと出て来たその言葉に、エドガーは悩んだ。
エドガーは普段ファブレ家の屋敷にいるが、それでも他の仕事もこなしている。船の護衛や砂漠越え、クリムゾン―ファブレ家現当主―の慰問の同行もした事がある。人を殺す機会なんて、数え切れないほどあった。

「……他人を殺すのに人数は関係ない」

「へ?」

少し考えた後、エドガーはルークを真っ直ぐ見て言葉を発した。

「何人殺したかは正直覚えていない。が、俺は確かに人を殺した事がある」

「……なんとも、思わないのか?」

「なんとも思わないわけ無い。人殺しになんとも思わなくなったら、ソレはただのバケモノだ」

一瞬、ほんの一瞬ではあるが、エドガーの金色の目が揺れた。再び俯いてしまったルークはその事に気付かない。

「……俺が初めて人を殺した時の話をしてやろうか?」

「え?」

「聞きたくないなら別に良いが、面倒だし」

「き、聞きたい!」

どこか切羽詰ったように話を促すルークを見て、今更ガラにも無い事を言ってしまったとエドガーは後悔した。しかし、口から出てしまっては仕方が無い。
また一つ溜息を吐いてエドガーは話し始めた。

「十歳になる前だったか、俺にも仲間みたいな奴らがいてな。色んな事情でその仲間が危険に晒された。そん時、人を殺した」

「……」

ルークは静かに聞きいていた。エドガーは地平線の向こうを見据えるように、ずっと遠くを見ているようだった。

「自分が思っていたよりも呆気なく人が死んだ事に吃驚したな。多分、驚いたと同時に怖くなった。それが切欠になんのかねぇ、暫くして傭兵業を始めた」

「怖かったのに、もう殺したくないとは思わなかったのか?」

「さあな。昔の事だ、忘れたさ。……だが俺が人を殺した瞬間に見た、仲間の顔はいつまでも忘れられない。驚いたような、畏怖するような……侮蔑と言えば良いのか、そんな顔だ。その顔が見たくなくて俺は自分から仲間を外れた。
まあ今はちょくちょく連絡取ってるが、言葉を交わしたのは初めて人を殺した時以来、無い」

「……」

ルークがまた口を噤んだ。初めて聞くエドガーの過去話に衝撃を受けているらしい。

「誰だって自分から人殺しになろうとは思わん。人殺しをするにはそれ相応の理由が人それぞれにある。分かるか?」

「……うん」

ルークが頷くのを見てから、エドガーは大きな溜息を吐いた。

「昔話なんてするもんじゃないな。疲れた。俺ぁ戻る。お前も考え事するなら俺かガイの目の届く範囲でやれ」


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