仲人ではありません

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※作中に未成年の飲酒を仄めかす記述がありますが、これは未成年の飲酒を勧めるものではありません。お酒は二十歳を過ぎてから!



「ん」

私の目の前には先日街で出会ったくのたま雛姫ちゃん。雛姫ちゃんは訝しげな顔。理由は私が持っているものが原因だ。

「……何故尾張先輩が一升瓶を私に差し出しているのですか? その前に何故くノたま長屋にいるんですか?」

「酒は駄目な方だった? 実習とかで酒にも慣れてると思ったけれど」

そう、私は今くノたまに物を上げようとしている。史上初と言って良いかもしれない。くノたまからは物を貰った事はあるが。自慢でも何でもなく、既に卒業しているくノたまの先輩から課せられたただの毒味である。あれには何度も痛い目を見てきた。ちなみにその風習は今も尚後輩に受け継がれている。
閑話休題。
兎に角今私は、臙脂色の絞り染めがしてある風呂敷で一本巻された一升瓶、基酒を雛姫ちゃんに渡そうとしている。

「嫌いではないですけど、ではなくて、何故私にお酒を渡してくるのかという所です」

「梅酒はどうも苦手でね、女子は好きだろう?」

「だからそうじゃなくて!」

「この前のお詫びだ、少しからかい過ぎた」

思い浮かぶのは、先日の茶屋での出来事。聞いた話だが、あの時支払いを久々知に任せたことが原因で雛姫ちゃんは課題で失格となったそうだ。

「久々知と鉢屋に奢らせるのは対象外と知らなくてね。悪かったよ。まあ、序でに言えばさっき言った通り梅酒は苦手なんだ。貰い物だし遠慮なく受け取ってくれるとこちらも有難い」

何ともないように言ってのける。言っていることは全て事実だ。

「……正直言えば、尾張先輩相手だと全てが胡散臭いです」

だというのにこの態度。ジト目で見てくる雛姫ちゃん。疑いしか宿していない目である。これに関しては本当に嘘偽りないというのに。

「嫌われたものだね」

一升瓶を片手に持ったまま、やれやれと肩をすくませた。勿論嫌われるにあたっての心当たりは充分にある。

「シナ先生からお叱りを受けたんだよ。彼女からの叱責には流石の私も堪えるという訳さ」

「シナ先生からですか?」

意外だったのだろう、雛姫ちゃんがキョトンとした顔で見上げてくる。そんな顔は是非とも久々知の前でやってやると良い。私の前でそんな顔した所を、何も知らない久々知に見られでもしたら闇夜に紛れて後ろから刺されそうだ。実力差的に問題は無いと思うが、恋や愛に生きる者は思いも寄らない力を発揮するものだから。

「『おいたが過ぎるといけませんよ』とね。本音を言えば、シナ先生からのお叱りはもう受けたくない。美人から迫られるなら好意で迫られたい」

「もしそんな人がいれば、私はその人の趣味を疑います」

「言ってくれるじゃないか。まあ受け取らないっていうなら仕方が無い。日頃から世話になってる食堂のおばちゃんに差し上げるか」

用は済んだしさっさと踵を返して食堂の方向へ足を踏み出す。しかしここで後ろから引力。振り返れば、雛姫ちゃんが服の裾を掴んで私を引き留めていた。

「……本当に他意は無いんですよね?」

疑り深いがお酒は嫌いではないと見た。

「それ以上いうなら今ここでコレを飲んで見せても良いが。その場合全て飲み干してやろう」

「いくら梅酒だからって一升のお酒を一気飲みだなんて保健委員として見過ごせませんよ!?」

「そっちに突っ込んだか」

勿体無い、と言われると思っていたが。そこはやはり保健委員と言ったところか。同室の伊作が思い出される。

「じゃあ受け取ってもらえるという事で良いんだね?」

「そうですね。課題で不可を取らされた事は許し難いですが、梅酒に罪はありません」

「そう、それは良かった」

返した踵を元に戻し、ずい、と梅酒を差し出す。雛姫ちゃんは瓶を落とさないよう気をつけながら受け取る。心なしか頬がにやけている。

「ああ、そうだ。雛姫ちゃん、これは単なる私の提案という名のお節介なんだがね」

「なんですか? お摘みなら結構ですけれど」

「これを飲む時は是非とも久々知も呼びたまえ」

「何故!?」

突然の提案に雛姫ちゃんがくわっと噛み付いてきた。良い食い付きである。この分だと久々知はあともう一押しだ。頑張れ久々知。私は敵の敵は味方精神で君を応援するよ。

「いやね、これは私なりの見解だが、今回君は久々知に奢ってもらっただろう? なのに君は課題の単位は落とすし、聞くところによると君はまともにお礼もしてないそうじゃないか。それはいかん。いけないことだ」

「お礼ならきちんと言いました」

「おやおや、言葉だけのお礼とは冷たいものだね。先日茶屋で彼が奢った事は確かに君の成績を上げる手助けにはならなかったが、それでも純真たる好意で君に銭を使わせなかった事は疑いようのない事実。寧ろ君の課題が不可と分かって君を慰めようとした彼に八つ当たりをしたと聞いたが、それについて君自身に非が無いとまさか思ってないだろうね。君は何故課題が成功しなかった事に対して久々知に八つ当たりをしたんだい? 加えて、そんな理不尽な事をしたあとで彼に一言でも『八つ当たりをして悪かった』と言ったかい? 君は言ってないだろうね。だってそんな事を言っても言わなくても彼が君のことを好いていることは揺らがないからさ。言っても意味をなさないからさ。なんだろうねこれは。まるで君が久々知からの好意に胡座をかいているようだ。
さて、話をここで戻そう。君は本当にその梅酒を自分だけ、またはくノたまだけで飲み干すつもりかな? それともくノたまであるという尊厳が忍たまに物を贈る事を拒むのかな?」

一気に言葉を並べたてる。雛姫ちゃんは目を点にして「何言ってんだこいつ」とでも言いたげな顔をしている。失礼だな、私はただ事実と妄想を1:9くらいの割合で言っただけなのに。

「まあ、と言ってもその瓶の持ち主は既に君だ。煮るなり焼くなり好きにすると良い」

それじゃあ、と言って今度こそ踵を返して忍たま長屋への道のりを辿る。さてさて、彼女はあの梅酒をどう使うかな。



×仲人
○野次馬


後に聞いた話では、結局二人はいい関係になったと言う。

彼女があの梅酒をどうしたかは知る由もない。

しかしつい最近、裏山のある小さな洞穴を見たら、以前まで覗いていた絞り染めの施された臙脂色の布が無くなっていた。

ちなみに裏山は忍たま・くノたまが同室にも知られたくない物を隠す絶好の場所であることをここに記しておく。




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