ダッシュで帰ると

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荒れる息づかいにイラつきを感じることもなく全力疾走をしている男が一人。
カミナシティ在住、新政府の総司令ことシモンとは俺の事だ。

「ただい、まっ!」

息を整える間も無く玄関を開けて中へ滑り込んだ。
急いで鍵を閉めて、更にはチェーンまで付ける俺は相当不審に見えただろう。
しかし幸いそんな俺の姿を見た者はいなかった。

壁に手をついて深呼吸。
やっとの事で落ち着いた肩。
最後にゆっくり息をはき、改めて家の中を見た。

「……?」

いつもなら真っ先に出迎えてくれる愛しい人がいない。
どうしたのだろうと思いながら、過度な運動によって火照った頬を手でパタパタと扇ぐ。
しかし、その疑問はすぐに解けた。

「シモン? 今日は早いのね」

「スピカ! ただい……」

ま、と続くはずだった言葉が途中でつっかえた。

奥から現れたのは最愛の相手、スピカに間違いない。
間違いないのだが思考停止せざる終えなかった。

俺に負けず劣らず火照った頬。
水が一筋伝う首もと。
普段は緩く波打っている髪の毛は真っ直ぐで、何時もと違う魅力をかもし出す。
風呂上がりのスピカが部屋着でタオル一枚を首にかけてそこに立っていた。

「っ、なんて格好をしているんだスピカ!」

しかも、常日頃長いスカートで見えない彼女の御々足がショートパンツによって、真っ白な腕もキャミソール一枚によって惜し気もなく晒されている。
漸く収まった筈の顔の熱が再発する。

「ああ、だって最近暑いんですもの。でもあまり見ないでほしいわ。ちょっと太くてコンプレックスなの」

自身の太ももを摘まむ彼女は気付いていない。
屈む際肩から流れ落ちた髪の毛に壮絶な色気がある事を。
それに少しくらい肉付きが良い方が俺の好みっていうか。
あ、いや、スピカは太ってる訳ではないしどちらかと言えばほっそりしてる。

……俺はどこぞの変態か。

「兎に角! 髪の毛乾かして何か着よう! 風邪ひくだろう?」

「大丈夫よ、シモンは心配性ね」

にこりと微笑む彼女を女神と呼ばずしてなんとする。
俺が赤いであろう自身の顔を片手で隠すと、彼女は「お腹空いたわよね。すぐ夕飯作るから」と言ってキッチンへと続くリビングへ入っていった。

五秒間きっかり項垂れ、俺は顔を上げてスピカが入っていったリビングへ足を向けた。

「スピカ」

今まさにエプロンをつけた所であるスピカ。
肌を出した服装にエプロンをつけるとどうなるか。
すまんスピカ、振り返ると服が良い具合に隠れて裸エプロンにしか見えない。

「誘ってるんだよな?」

「え?」

「そうとしか考えられない」

「シ、シモン?」

「据え膳食わぬは男の恥」

「え、あ! ちょっと!」

「俺は悪くないと言い張る」

スピカを横抱きにしてキッチンからリビングへ逆戻り。
暴れるスピカは素知らぬふりをし、そこに置いてあるソファへそっと降ろす。

「私が悪いの!?」

「まさか! どちらかと言うとスピカに欲情した俺が悪い」

「悪いと思ってるなら、っ!」

喚こうとしたスピカの額にキスをする。
すると彼女は目をギュッと瞑って縮こまった。
可愛いなあ。

そのまま耳元に口を寄せて掠れた声で「スピカ」と呟いて見せれば耳まで真っ赤にする。

「っ、夕飯が……」

「ん、じゃあスピカを頂きますで良いだろ」

「良くない!」

じゃあ夕飯とスピカどちらも食べよう、と言おうとした所で電話がなる。
思わず手が止まってしまった。

「……シモン、電話にでないといけないのだけれど」

「留守電になってるから」

止めていた手を再び動かしスピカの頬に添える。
間もなくして留守電の録音の音がなった。

『今晩は総司令、ロシウです』

「「……」」

電話をかけてきたのは我等が副総司令。
嫌な予感しかしないのは気のせいでは無いだろう。

『本日の、残業申請済みの上での定時上がりについてですが』

「「……」」

『明日は必ず早めに出勤して頂きます。来て頂けないようなら』

「「……」」

『ニアさんに総司令のある事ない事申し上げますから。例えば、そうですね……総司令がスピカさんを押し倒した、とか』

「え゛……」

当たらずとも遠からず。
というか当たっている。
なんだお前、まさか見張ってるとか盗撮なんかしてるのか!?

いや、その前に、電話で言った事をされたら相当ヤバい。
自他共に認める親友同士のスピカとニア。
どちらかがどちらかに誰かの愚痴をしよう物なら、その“誰か”は笑顔の女神ならぬ般若に抹殺されるだろうとさえ言われている。

『では明日の朝、よろしくお願いします。あ、勿論残業もして頂きますので』

ロシウは最後に『失礼します』と丁寧に通話を切る。
だがしかし、アフターケアはちっとも丁寧じゃない。

「シモン……だから貴方今日早かったのね」

「……」

「何があったのか知らないけれど、仕事をサボるのはいけないと思うの」

「いや、その……」

「明日は早いのよね? じゃあ早寝早起きに限るわ」

「……はい」

ニッコリと、満面の笑みで言われればどうしようもない。
俺はスピカの上から退くしか無かった。





ダッシュで帰ると逆効果






(私、明日から暫くニアと二人で住むことにするわ)
(え!?)
(じゃなかったら今日の一部始終をニアに話すわ)
(……)


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