はよくっつけ

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久し振りに私服で街へ出る。自分でいうのもなんではあるが、珍しく一人で。
街へ出た目的である用事は終わったので、帰りに委員会のお茶請けに羊羹でもと思って甘味屋を回る。そんな最中、見知った後ろ姿を見つけた。
善法寺伊作、私と同じく六年は組に所属する忍たま、だと思う。何故得心いかない言い方なのかといえば、どう見ても女性の出で立ちだからだ。実習があるとは聞いていたが、今更女装の実習をするとは思えない。実習中やむなく、というならあり得るかもしれない。
悩んでいても仕方が無い。見たところ、何だか軟派男に絡まれている様子だし、もし他人の空似だとしても助けてあげるのが人情だろう。

「うちのお姫様に何かご用かな、青年?」

伊作に似た人の肩を抱きながらニコリと笑う。すると、男の方は明らかにたじろいだ。肩を抱いた時点で気付いていたが、後ろ姿は似てども体つきや肩の薄さを見れば一目瞭然。この子は正真正銘の女の子だ。

「そ、そっちこそなんの用だ!」

「何の用とは御挨拶だね。他人の女に手出ししてただで済むと思ってるのか?」

「え?」

肩を抱いた女の子が私の言葉に勢い良く振り返る。身長的に見上げる形になるのが良いな。まあそれは置いておく。
女の子にはニッコリと微笑んでおいて言外に「黙って」という意を伝える。伝わっているかも分からないので言付けを頼む。

「姫ちゃん、あそこの甘味屋で芋羊羹を包んでくれるように言ってくれないか? 幸三郎からだと言ってくれれば売り子も分かるだろう。」

「え、あ、あの……」

「お代は心配いらない。あとで私が払うからツケておいてくれ」

女の子を甘味屋の方へ押し出し遠くへ追いやる。さて、

「さて、覚悟は出来ているだろうね?」

うっそりと、女の子に向けた微笑みとは毛色が違う笑みを浮かべる。





「いやあ災難だったね。あ、羊羹食べるかい?」

「い、いえ、結構です」

先程の男は骨の無い輩だったようで、その場で尻尾を巻いて逃げてしまった。つまらん。

「遠慮は要らないさ。すみませーん! 羊羹とお茶二つずつおねがいしまーす!」

「そんな! 悪いですよ!」

あたふたとしだした女の子、基雛姫ちゃん。後姿は同級の善法寺伊作に似ていると言ったが、この容姿には別の意味で見覚えがある。偶然ではあるが、彼女は忍術学園のくノたまで伊作と同じ保健委員である。学園にて最近では専ら五年い組の久々知兵助の意中の人であるという話で持ち切りだ。ふむ、久々知は良い目を持ってるようだ。

「悪い、とか言いながら内心ガッツポーズだろう? 五年生といえば今の時期実習で『男に何か奢らせる』が課題だったと思うけれど」

「……良くご存じで」

「そりゃあまあ、一昨年先輩のくノたまの餌食になったもので」

あれは見事にしてやられた。騙された手前だが、親切心をくすぐる良い手際だったとしか言えない。あの手際なら卒業してすぐ就職できただろう。どこに行ったかは知らないが。

「良いんですか? 六年生にもなってくノたまの課題の餌食になって。忍たまの天敵ですけれど」

言っているそばから、雛姫ちゃんは今しがた運ばれてきた芋羊羹とお茶をちゃっかり受け取っている。そこはやはりくノたま、といった所か。

「可愛い後輩の為ならなんのその。それに君は我が学級委員長委員会委員長代理を務めていた鉢屋三郎の幼馴染と言うじゃないか。世話になっているだろうからね、今の内に恩を売っておくのも悪くない」

「本音と建前を同時に言う人はそうそう居ませんよ」

ずず、とお茶をすする。熱いお茶の後に羊羹を口に放り込めば、丁度良い甘さが口に広がる。うん、やはりここの甘味はおいしい。

「くノたまに媚を売る気は更々無いからね。それに君は保健委員だろう。本音は『サボりたい』建前は『お腹痛い』なんていう物とかには慣れっこだろう?」

「忍たまはどうか知りませんが、くノたまにそんな子はいません」

「これは失礼」

その後も他愛ない会話を続けていく。その間も私は日の高さで時刻を目測し、そろそろかと思ってところで目当ての人物を見つけた。

「ところで雛姫ちゃん」

「なんですか?」

「振り返って、向こうの道沿いをご覧?」

彼女は何のことだかまだ分かっていないのだろう、首を傾げながら後ろを向く。

視線の先には、件の男。
久々知兵助、その人だ。

隣には同じく五年い組の尾浜勘右衛門もいる。実習の後なのだろう、二人して疲れた様子である。
音もなく腰を浮かせようとした目の前のくノ一を、肩を掴むことによって押し留める。嫌そうな目で睨みつけられたが気にならない。

「……これが目的でしたか」

「まあね。通常なら他人の恋愛なんて邪魔してなんぼの所だけど、今回は少し事情が違う」

「どういう意味ですか」

「おや、理由はさっき君が言ったじゃないか」

ニッコリと笑って、雛姫ちゃんに顔を寄せる。本人しか聞こえないような声量を出すように口を開く。

「くノたまは忍たまの天敵。なら私が君か久々知、どちらの味方をするかだなんて目に見えているだろう?」

その瞬間、ベリッという効果音が付きそうなほどの勢いで雛姫嬢との距離を無理矢理離された。言わずもがな、先程向こうの道沿いにいたはずの久々知兵助によって。

「やあ久々知。それに尾浜も。その疲れた様子から見るに、まんまと暗号を読み間違えたようだね」

「あの趣味の悪いびっくり箱は尾張先輩ですか」

びっくり箱とは失敬な。学園長先生の生首フィギュアが箱を開けると飛び出してくるというのに。びっくり箱という自覚はあるけれど。
ちなみに雛姫ちゃんに会う前に終わらせた用事というのがその箱の設置だったりする。五年い組の実習の手伝いを木下先生に頼まれて、快く引き受けたのが一昨日の話だ。一般人に見つけられないようにかなり趣向を凝らした場所へ置いた。見つけるのも一苦労だっただろう。

「作法委員会委員長の御墨付きだ。良い出来だっただろう?」

「六年生は皆さん暇なんですか!?」

「嫌だな雛姫ちゃん。下級生の育成に全力投球しているのに暇なわけないじゃないか」

はっはっは、と態とらしく笑って見せれば、久々知が私の肩を掴んでいる手に力を入れた。他の男との会話も嫉妬の範疇らしい。

「幸さん、やってる事が本当に下衆いです」

「まあまあそう言うな尾浜。すみませーん、酒蒸し饅頭とお茶二つずつ!」

奥から「はいよ!」という声が聞こえたのを確認し、五年い組の二人に席を勧めた。嘘。勧めたのは久々知にだけだ。私は尾浜を連れて売り子をしている女将さんに声をかける。雛姫ちゃんの射るような視線には気付かない振りをする。

「さっき羊羹を二棹包んで頂いた幸三郎です」

「はいはい、聞いてますよ。いつもありがとう、こちらですよ」

何度か来ているからか、女将さんがニコニコとしながら包みを渡してくれた。小声で「御手洗団子、おまけね」と言ってくれた。なるほど、確かに包みに羊羹とは違う膨らみがある。

「ありがとうございます。今度お肌に良い薬草持ってきますね。お代はあそこに座ってる男が払いますんで」

「あらぁ、悪い子ねぇ」

「悪い子ねぇ」とか言っておきながら、包みに酒蒸し饅頭を二つ加えてくれる。ここの女将さんは結構お茶目だ。

「良いんですよ、このくらいの事はしてやってますから。じゃあまた」

五年生の課題に協力したし、久々知が来るまで雛姫ちゃんを引き止めてやった上に二人きりにしてやったのだ。私にしてはこれ以上ない高待遇だ。

「いつもご贔屓にどうも。薬草待ってるわ」

女将さんと別れて、そのまま尾浜を引き連れて忍術学園への帰路に立つ。
いやあ、良い事をした後の空気は清々しいね。


だからはよくっつけ




(途中までは見直した、なんて思ってましたけど、やっぱり幸さん下衆いですよ。普通後輩に奢らせますか?)

(いや? いつもだったら私が奢っただろうがね、相手はくノたまだ。誰が奢るものか。私に奢らせたいならもっと色でも使ってくれないと)

(……やっぱり下衆)

(尾浜、いくら温厚な私でもそんなに下衆下衆と連続して言えば怒るぞ?)

(きゃー先輩が暴力するー)

(いや、今日の委員会でお前だけお茶請け無しにする)

(スミマセンデシタ)



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