君で溺死
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尾張先輩と勘右衛門の学級コンビが甘味屋を後にしてから。
店先にある長椅子に座り、二人きりにしてくれた事に感謝しつつも、それまで雛姫と一緒にいたのは尾張先輩だったという事に妬ましさを感じながら、先程頼んで頂いた酒蒸し饅頭を待った。
「なぁ、何で尾張先輩といたんだ?」
「男の方に絡まれていたのを助けて頂いて…」
「へぇ…(軟派男コロス。)」
「なかなかしつこい方でしたので助かりました。」
その時の状況を思い出したのか、雛姫がホッとした顔を見せる。
雛姫を下賎な男から助けてくれたのは本当に有り難いことなのだが、その役割は俺でありたかった。
安堵の表情も感謝の言葉も、全部俺だけのものにしたいのに。
「…悔しいな。」
「はい?」
「もっと早く暗号が解けたら俺が助けれたのに。」
尾張先輩には見事にしてやられた。暗号の読み違いのせいで無駄に歩かされるし、やっと正しく解読できたと思えば目当てのものはびっくり箱だ。しかも立花先輩のお墨付き。
先輩は学園におられる事が少ないからあまり関わりは深くないが、勘右衛門から性悪だという話は聞いていた。どうやら噂は本当だったらしい。
「はい、お待ちどおさま。酒蒸し饅頭とお茶ですよ。」
「ありがとうございます。」
「ゆっくりしていってねぇ。」
そう言った女将さんはとても綺麗な笑顔で『頑張って。』と付け加えた。
それは言われずとも。今すぐでなくても必ずものにしてみせるさ。
「ん、ここの饅頭美味しいな。」
「学級委員長委員会のお気に入りのお店らしいですからね。」
「お気に入り…ああ、勘ちゃんが言ってた店ってここだったのか。」
「尾浜くんが?」
「委員会御用達の店で尾張先輩が団子を買ってきてくれたって先週騒いでたから。」
「ふふ、彼らしいですね。あ、そういえば三郎も先週、委員会の余りと言ってお団子を食べてました。」
「あそこはお茶会委員会だからな。」
「寸分違いありませんね。」
クスクスと笑う雛姫につられて俺も笑う。
そういえばこんな無邪気に笑ってくれたのは初めてかもしれない。
そう思うとやっぱりここまで舞台を整えてくださった尾張先輩には頭を下げる他ない。まぁ俺が来る直前に話してた時の顔の近さは許さないけど。
「そういえば久々知くんは実習帰りなのに私服なんですね。」
「一般人に紛れながら目的のものを探すって課題だったからな。」
「そうでしたか。いつも忍装束ですから新鮮ですね。」
「俺も雛姫の私服姿は初めて見たな。…その着物すごく似合ってるよ。」
「あ、ありがとうございます…」
頬を赤らめてそう言う雛姫に思わず長いため息を零してしまった。
雛姫の言動全てが俺の拍動を上げていく。
「え、何ですか?私、何かおかしな事言いました?」
「いや、やっぱり可愛いなって、好きだなって再認知しただけ。」
可愛いとか好きとか言うなって言うけど無理に決まってる。だって可愛いんだから仕方ないだろ。
あーあ、もし付き合ってたら今すぐにでも抱きしめるのに。
ほらまたそうやって真っ赤な顔で俯く。消えそうな声で反論してくるところも全部愛しい。
「も、もう帰りましょう!日も落ちてきましたから。」
「!…ああ。そうだな。」
『帰りましょう』普段の雛姫なら『帰ります』と言うのに今日は一緒にいてくれるらしい。
逃げないだけでも相当な進歩だ。ただの気まぐれかもしれないけどその誘いがとてつもなく嬉しくて、実習の疲れなんてどこかに飛んでいた。
「ごちそうさまでした。」
「あら、帰るのね。はい、じゃあこれ。」
「え?」
「幸三郎くんってばホントに悪い子よね〜」
女将さんから手渡されたのは俺たちが食べていた酒蒸し饅頭と、雛姫と尾張先輩の羊羹、そして恐らく学級委員長委員会のお茶菓子代の書かれた伝票。
合計金額はなかなかの値段で思わず顔が引き攣った。全く本当に良い性格をしておられる。
「やられたなぁ。」
そう言いつつも、今日は実習こそいまいちな結果だったが雛姫と二人きりの時間を過ごせた。さらには彼女のちょっとしたデレも見れたので良しとしよう。
それに何より雛姫が他の男に奢ってもらっているなんて癪だしな。そう、財布を取り出し会計を済ませた。
「え、あの…」
「ああ、大丈夫。気にしないで。」
「気にしないでって事はやっぱり久々知くんが全部お支払いを?」
「そうだけど?」
「あ、ありがとうございます……でも…ああ…」
「どうしたんだ?」
「……尾張先輩の下衆…」
さぁっと蒼くなった雛姫を訝しむと珍しくそんな罵りの言葉を発するものだから思わず瞬いてしまったのは無理ないだろう。
「何か不都合でもあったか?」
「今日、くのたまも実習なんです。男性の方に奢って頂くという恒例の。」
「うん。じゃあ良いじゃないか。」
「ダメなんです。私はシナ先生に条件をつけられていて…」
「?」
「久々知くんと三郎に奢ってもらうのは不可。」
「……」
「実習の意味がなくなるからだそうです。」
ああ、確かに。雛姫に頼まれたら無条件で頷くもんな。
でもどっちにしろ実習は不合格だったよ。だって俺がそんなの許さない。
「酷いです…」
「そんなに落ち込むなよ。ほら俺だって今回の実習は可ってところだし。」
「私は不可ですよ!」
「うん……そう、だな…」
これ以上は何を言ってもダメな気がした。
まぁ雛姫はずっと実習では優を取ってたからな、相当悔しかったのかもしれない。
尾張先輩への怒りを表にする彼女の隣を歩いていて思う事は怒った顔も可愛いなって事と、やっぱりこの表情を引き出したのは尾張先輩であるという不満。
「ライバルは三郎でもくのたまでもなく先輩かぁ…」
「何のことです?」
「いや、何でもないよ。」
でも…今は何も考えないでこの時間を楽しむだけにしようか。
(伊作先輩のご友人は下衆ですね。)
(え、誰の事だい?)
(尾張先輩です。あの方は本当に下衆ですよ。絶対に許しません。)
((幸三郎…君はいったい何をしたんだい?))
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