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ケセドニアでの頭痛が嘘のように収まった。甲板での体調は絶好調だ。元々船酔いする質では無いので、カースロットの有効範囲から出てしまえばそれはあたりまえのことである。

「さっきはビックリしたぜ。もう平気なのかセト?」

私がカースロットの効果を受けて膝をついた時、最初に気付いたガイが気を使うように訪ねてきた。

「はい、もう大丈夫です。お騒がせいたしました」

ニコリと笑ってそう返せば、ガイはホッと息をついて「なら良いんだ」と私の頭にポンと手を置く。随分子ども扱いされているようだ。まあ今のこの姿では仕方がない。甘んじてそれを受ける。

「それにしても、カースロットとは恐ろしいものですわね。術者がどこにいるのか分からない内は手の打ちようがありませんし、今回のようにその場から立ち去るしか方法は無いのでしょうか?」

カースロットの説明を簡単に受けたのであろうナタリアが困ったように言う。確かにそうだろう。ある程度対処できるとしても、すぐに術者からは遠ざかる事が一番だ。

「やはり解呪したほうが良いでしょう。僕がします」

「だ、ダメですよイオン様! ザオ遺跡の件でお疲れなんですから、これ以上ダアト式譜術を使っちゃ倒れちゃいますよぉ!」

解呪をしようと一歩踏み出した導師に対し、導師守護役のアニスが慌てて止めに入った。ザオ遺跡、という事はダアト式封咒を解いたという事か。それは多分、イオンとしてはかなりの負担だろう。アニスが必死に止めている事からもそう伺える。

「しかし……」

「お気遣いありがとうございます導師。私は、恐らくですが大丈夫です。響律符がある程度術の緩和を担ってくれているようでしたので」

「え?」

疑問符を浮かべるイオンに、左腕の響律符を見せる。カースロットに侵されていた時にずっと音が鳴りやまなかったのは、その術と響律符のせいである。

「カースロットはダアト式譜術、ということは第七音素を用いた譜術という事でしょう? 先日も説明いたしましたが、この響律符は外部からの第七音素を拒絶する作りになっていますから対抗策としては有効です。まあ、先ほどご覧になった通り完全には断ち切れそうにありませんが、意識を持って行かれる事はありません」

「では……」

「はい、問題無いと思います」

「……」

少しの間、考える様な素振りをしたイオンは目を伏せて「分かりました」と一言言った。

「じゃあセト、もう大丈夫なんだな?」

ホッとした様子のルーク。彼にも心配をかけてしまっていたようだ。

「はい、六神将の烈風のシンクが近くにいない今はもう平気ですよ、私は」

それにしても、と思う。カースロットとは、対象の記憶を元に傀儡にする術だったと思うのだが、私が見たのはこの世界に生れ落ちて間もなくの記憶だった。朱色に染まった炎の塊、あれは多分溶岩。火山の火口から落とされた時の記憶だ。アレを思い起こさせて私をどんな風に操りたかったのかという疑問が残る。
あの記憶を元にここにいる誰かに危害を加える気には到底なり得ない。そもそもあの記憶は本当に私の記憶だったのだろうか。見覚えのある光景だったとしても、それは烈風のシンクにも当てはまる。もしかしたらカースロットを通じて彼の記憶が私に流れ込んできたという可能性も無きにしも非ず。
もしそうなら、彼に悪い事をしてしまったかもしれない。あの光景は、美しい思い出とは程遠いものだから。
彼はどんな気持ちだっただろうか。死んでいたかもしれない記憶を見て、苦しんだだろうか。そうであって欲しいと思う。死を恐れる事、苦しむ事は普通の事。もし『何も思わなかった』と言うのであれば、それはあまりにも残酷だ。死を恐れないなんて、安全装置の無い銃とそう変わらない。

「危険、かなぁ……」

「なんか言ったか?」

「いいえ、なんでもありません」

小難しいこと、でもないが、烈風のシンクの様子から色々憶測してみる。と言ってもそこまで問題視してはいない。

「要は気の持ちようと状況に対する対処とそのタイミング、という事を思っていただけです」

「?」

私の様子が気になって話しかけたのだろうルークではあるが、私の受け答え自体には理解が及ばなかったらしい。むしろ理解されたら驚き物だが。

次に彼に会うのがとても楽しみである、なんてことを言ったらもしかして可哀想な物を見る目をされるかもしれないのでここは黙っておく。


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