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「そこに直れ大馬鹿野郎ついでに正座をしてそこの大荷物を腿の上に乗せて置け修理が終わるまで動けると思うなよそして修理が終わっても動けると思うなよ」

今日も抑揚があまり無いジグリア節を頂きました。私に非があるのは事実なので、物を乗せる気はないが取り敢えず指定された場所に正座をした。

ジグリア・ヘーゼル、通称ジグ。彼はディンと一緒に住んでいる譜業技師である。彼はいつも部屋着に甚平を着てモノクルをかけている。作業の邪魔になるからか、ぼさぼさ頭であるが前髪だけはヘアバンドで留めている。そんな一見ズボラな男だが、彼の有名な譜業発明家サフィール・ワイヨン・ネイス博士に引けを取らない技術の持ち主だ。私としてはネイス博士よりもジグの方が腕が上なのではないかと踏んでいる。理由は、ジグの方が年が若く伸びしろがまだまだ見受けられるから。しかも彼の譜業の調律の速さはそこら辺の技師と比べ群を抜いて逸脱している。右手で響律符の調律をしていると思ったらその逆では自作の譜業を組み立てているといった離れ業を以前見た事がある。どんな集中力を持っているのやら。
かくいう今も、私の気配を察知して暴言を吐いていたその手元は精密譜業に分類される物を弄っていた。あれは確かアスター氏の私物の侵入者探知機の一種だったか。

「これつけて壊れた方を渡せ」

ジグは、私が今つけている響律符よりも一回り小さな物を投げて寄越してきた。そして投げた手をそのまま裏返して手招くようにちょいちょいと指先を動かす。その動作の間も精密譜業の作業をやめる事を決してしない。
私は響律符がついていない方の手首、つまり右手首に渡された物を装着し、留め具が緩み切っている左腕の響律符を外した。ス、と高音域の音階が一瞬聞こえはしたものの、右手首の響律符のお陰か何の問題も無くその後は耳鳴りすらしない。

「よろしくお願いします」

少し身を乗り出して今しがた外した響律符をジグの手の上に渡す。その途端、ジグは今まで作業していた精密譜業の作業をやめ、その譜業を机の奥へ押しやった。押しやったとしてもジグの作業台は広いので何の問題も無い。空いたスペースに丁寧な動作で私の響律符を置き、これまた慎重に緩んだ留め具を動かして具合を確かめる。先程まで精密譜業を扱っていたスピードとは大違い。お世辞にも速いとは言えない。
彼がここまで慎重に私の響律符を扱うのには理由がある。ご存知の通り私の響律符は基本的に私が超過して取り込んでしまう第七音素を遮断するというシステムである。しかし、これは私に合わせて作られている。故にこれは遮断どころではない。超過して取り込んだ第七音素を処理し、体外へ排出する。普通の人間に間違って作用すればひとたまりもない。特に第七音素士なんかは、以降第七音素を扱えなくなる可能性さえある。
そして、ジグは技師でもあり第七音素士でもあるのだ。

「あのねセト」

「はい」

「君が実力者である事も仕事熱心な事も俺は理解しているしそれについては何も言わないが響律符がこんな事になる様ではその仕事君の肩には重いのではないかとも思いましてそこの所どうかな君と君の仕事依頼人を慮っての判断だが」

「大丈夫です。今回の事は自分でも反省しておりますから、次はありません」

「それはどうかな」

ジグは、キリキリと螺子を小さなドライバーで回す手を止める。最初こそ慎重に響律符を扱っていたが、既に手の速さはいつも通りの物になっていた。

「その驕りがいつか君を殺す」

そう言ったジグは、螺子を巻く作業を再開した。視線をこちらに寄越す事は無い。彼はそういう人だ。
他人と違う事を理解しているかしていないかは分からないが、その事についてなんの疑問も持つ事無く、また他人にとって一番必要で一番聞きたくない言葉を言い放つ。

「肝に銘じて置きます」

「その言葉が君を裏切らない事を切に願うとしよう」

ジグはその言葉を最後に自分の手元に集中してしまった。何て事は無い。今まで弄っていた私の響律符を横へ追いやってまた別の作業をし始めたのだ。要するに響律符の調律に飽きたのだ。今ジグは第五音素を用いた懐中電灯のような物を分解する工程と小さな箱の鍵開けを同時に行っている。と思えば早々に鍵開けが成功したらしく、その箱を机の隅に追いやってまた新しい作業を同時進行し始めた。
シンクの『一つの事に集中できなくてどんどん他の作業に手を出す』という言葉を思い出した。いつ見てもジグの手元の速さは理解できないくらい速いが一つの事に集中できないというある意味手癖の悪い習慣から、一つの事を終えるのに期間がまちまちだ。依頼人である私を目の前で待たせている事もあり、数日かかるという事はありえないだろうが、これは夜までかかる覚悟をしておいた方が良さそうだ。
目下の心配事は主に響律符の調律が終わった頃まで正座し続ける自分の足の痺れだろうか。
驕りが自分を殺す事については考えないようにした。


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