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長い説明をした後、ジェイドは潔く引き下がった。しかしそれでも私を引き止める者が一人。
イオンが「助けてくれてありがとう。それでも怪我した所を見せろ」と言うので無傷の右足を見せた。実際はもっと柔らか目な口調だったが。
すると身に覚えの無い痣が刻まれていた。
「まさか……カースロット?」
「なんだその、カーなんとかって?」
すかさずルークが疑問を口にした。私はその間にこれを刻んだ相手に見当をつけていた。
「六神将のシンクか……」
全然気付かなかった。私は、まだまだ修行が足りない若輩者なのだな、とその場に似つかわしくないほけほけとした気持ちでいた。
「すぐにカースロットを解きます」
「いえ、結構ですよ導師イオン」
「いけません! カースロットをかけられた者は術者の操り人形になってしまうんです!」
「元はといえば私の不注意から招いた事です。それに、体調の優れない導師のお手を煩わせるわけにはいきません」
「はうあ! そうだったんですかイオン様!?」
「え、あ、いや、そんな事は……」
上手く話題をそらす事が出来た。
正直に言うと、少し興味がある。記憶を利用して術者の傀儡となるカースロット。私の記憶と言えば、このオールドラントに生まれてからの二年間とその前、普通の日本人だった二十二年間余りの人生。この記憶が私にどんな影響を及ぼすか、興味がある。
早く体を休めるように、とアニスに引っ張られていくイオン。何か言われる前に、私はさっさとその場から船橋の方へと足を向けた。
無意識に零れた微笑みを、赤い目が捕らえていたとは露知らずに。
日が沈み、静かな夜の海を甲板で柵に体重を乗せながら一人堪能する。他の皆は今までの疲労を考慮し、バチカル到着前の朝まで一時就寝である。私は、昨日の今日という事で万が一の襲撃に備えて番をしている。
一人でしている筈だったのだが、何故か背後に人の気配が。いつまでも無視するわけにもいかず、ゆっくりと振り返った。
意外にも、その人物は導師守護役のアニスだった。
「夜更かしは女性の肌にはよろしくありませんよ?」
柵に背を預けてそういうと、彼女は不満げに唇をつきだした。
「アニスちゃんはそんな事で肌が荒れる程年増じゃないもーん」
「それは失礼しました」
暫くアニスはツーンとしていたが、すぐに真面目な表情になった。
「イオン様を助けてくれてありがとう」
「仕事ですから」
「それでも」
彼女は至極普通に接しようと努めているようであるが、些か表情は固かった。はて、何か妙な事をしたつもりはないが。
「……どう致しまして」
どう返そうかと悩んで出た言葉は在り来たりなもの。相手の出方が分からない以上どうしてもこうなってしまう。
「……それだけ?」
「はい?」
「いや、だから……他に無いの?」
「はあ、他にと言われましても」
意味が分からない。導師を助けた見返りを求められるとでも思ったのだろうか。
「私は仕事をしたまでです。バチカルに着けば仕事は終了、それまでにイオン様を含めた皆さんを無事に送り届ける。そうすれば報酬が頂ける。今回は思わぬ襲撃がありましたので船の修理代位は依頼人から上乗せして頂こうかと思っていますが、それだけです」
「そういう事じゃなくて! 私が導師守護役に相応しくないとか、私にイオン様の護衛は勤まらないとか、そういう見解はないの?」
「はあ?」
何を言っているのだろうかこの導師守護役は。
「だって、イオン様を守れなかった! セトがいなければイオン様は怪我してた……私じゃあれは防げなかった!」
「待って下さい、少し落ち着きましょう」
なんだか彼女の様子が尋常じゃない。今にも泣き叫びそうである。
「そもそも導師イオンに向かっていったナイフは私のでしたし、再三言うようですがこちらとしては仕事をしたまでです。それに貴女と導師は容易に切れない信頼関係が築かれているでしょうに」
「どうしてそう思うの!」
「見れば分かります」
二度目になるが、何を言っているのだろうこの導師守護役は。導師守護役を辞任したい願望でもあるのだろうか。それにしたって回りくどい。
……ああ、そうか。
「貴女が何と言おうと、私は貴女たちの関係性が悪くは見えません」
きっとこの子は導師に隠し事をしているのだろう。そんな自分が嫌で、でも自分からは離れられない。だから周囲の者に「お前は導師守護役に相応しくない」と断定されたいのだ。
だから彼女が去っていった場所に、涙で濡れた甲板が点々としているのだ。
「泣くくらいなら、素直になれば良いのに」
うーん、やはり組織に所属すると面倒が多いのだろうか。
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