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私の右足のふくらはぎからは血が垂れ流されている。しかし、目下の問題はそれではない。

「セト! 血が……!」

「心配ございませんイオン様。どちらかと言うと好都合です」

「え……?」

私は刺さっているナイフをおもむろに抜き去り、更に流れ出る血も気にせずイオンから離れた。その際、導師守護役のアニスと擦れ違ったがそれも気にせず歩みを進める。
ある程度離れたら次に口を開いた。

「すみませんが、全員私よりも後ろへお下りください。特に第七音素士の方は私から充分に離れて頂けますか」

皆に聞こえるように声を張り上げる間も集中力を散漫させないように注意する。ここで私の力、と言うよりも体質が暴走してしまえば船に乗る全ての者の命は無いに等しい。

「何言ってんだよ! 怪我してんだから下がるのはセトの方だっての!」

譜業の攻撃をガードしながらルークがそう返した。しかし、何かを感じ取ったジェイドは動きを止めた。まあ元々彼は後衛だか私の後ろにいるのだが。

「皆さんを巻き込まない保証ができません。下がってください」

「だから……」

「 下がれ

……って言っているんですけれどねぇ」

思わず丁寧言葉が外れてしまった。不敬罪に問われない事を祈ろう。
私のただならぬ雰囲気から何かを察したガイが、ルークを引っ張って私の後ろに行ってくれた。いつもと違う私に気圧されたのか、ルークは驚いた顔のまま抵抗しなかった。
暴走している譜業は何もない所をその腕で薙いだり柵を壊したりとやりたい放題だ。私は全員が離れた事を確認してから、体の力を抜いた。

その瞬間、心地いい高音域が鼓膜を震わせた。私には、その高音域以外聞き取れないような半無音の世界に感じる。例えるならば、不快感のない耳鳴りとでも言おう。心地よくて、思わずそのぬるま湯につかるような感覚にずっと溺れていたい程だ。

しかしそういう訳にもいかない。

名残惜しくて堪らないが、私はその高音域を真っ直ぐ前に伸ばした右手の先に収束させた。そして、今まさに私へ攻撃しようとした目の前の譜業に収束させたそれを撃ち放った。





通常の音が聞こえるようになった頃には既にあの譜業はその場から消えていた。甲板の向こうの海まで飛んでいったのだと思われる。しかし油断はできない。
譜業に対しての油断ではなく、私の体質に対しての油断ができない。直ぐさま踵を返して先程落とした腕輪を拾う。良かった、壊れたわけではないらしい。
腕輪を元の左腕に装着して留め金をしっかりはめた。すると小さくではあるがまだ鼓膜を震わせていた高音がスッと止んだ。それが残念でしょうがないが、再び留め金を外す事はせず腕輪の上から左腕を右手で握った。

「あの……セト?」

不意に前方からティアの遠慮がちな声がした。顔を上げると、全員が全員こちらを見つめていた。私はにこりと微笑んだ。

「申し訳ございません。お騒がせ致しました。船の修理代は後日私からお支払いするのでご心配には及びませんよ」

取り敢えず事務的な報告をば、と思ってそう言ったら複数名からポカンとした顔をされた。いち早く戻った、というか最初から表情を崩さなかったジェイドが最初に口を開いた。

「今のは第七音素ですよね。詳しくお聞きしたいものです」

「……詰まらない話ですよ? ただの体質です」

元はこんなに顕著ではなかったんですけど、いつの間にかこんなになってしまいまして。最初は第七音素が集めるのが趣味みたいな感じでした。いつからか第七音素を集めるだけ集めて発散ができなくなったんです。驚きましたよ? 体の中に収まり切らない第七音素が周り満ちてくる感覚は未知の物でしたから。まあ慣れてくるとこれがまたクセになってしまいまして。でも一生第七音素を集め続ける人生なんてとても人とは思えないでしょう? だから特注で、外部からの第七音素を拒絶する響律符を作って頂いたんです。この腕輪なんですけどね。誰に作って貰ったかは聞かないでください、約束なので。ここで問題なのが、もしこれが急に破損してしまったらです。その時の為に集めた第七音素を無理矢理発散させる訓練をしました。でもこれ結構リスクがあるんですよ。今回は怪我をしていたので、そちらに発散しきれなかった第七音素が治癒術として使われましたが、無傷の時にこれをすると逆に怪我を負うんです。体内に溜まった第七音素を出すために。ほら、鎌鼬って知ってますか? 真空の空間に肉体が当たると圧力の関係で体の中から弾けて出血するという現象なんですけど、あれみたいなイメージです。いやあ今回は本当に運が良かった。

「あれ、皆さん大丈夫ですか? 顔色が優れないようですが」

ジェイドにはこれ位で引き下がって頂きたいものだ。
話すのが疲れた。


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