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駆け出して行くモニカに向かって思わず手が伸びた。

けど、途中で止まる。
何で止めようとする?伝えるべき事はほとんど話した、これでモニカの迷いも無くなったんじゃないか?

これで俺がしてやるべき事は終わったハズだろ?



…でも

……これでいいのか?

これでモニカは留学に行くかもしれない、それで良い筈なのに。

…本当にこれで、


これでいいのか?



『兄貴はどうするんだ?』



脳裏に過ったのは弟の声。

どうする?
コレで良い筈なんだ、コレで…正しい筈なんだ。


でも、もしこのままモニカに会えなくなったら?

そんな事になったら俺は…



『…後悔してからじゃ遅ぇんだぞ』



そうだ、このままならきっと後悔する。
…そうかあの時グレイは俺に言ってくれてたんだな、モニカにじゃなくて俺に。



『……じゃあ言い方を変えてやる、兄貴はどうしたい?』



どうしたいかなんて決まってる

俺は、



「……モニカ!」



君と離れたくない。

自覚してしまった思いに蓋なんか出来ない、周りがどう思うと考えようとそんなの関係ない。

俺は君と離れたくないんだ。


部屋を出ていったモニカを追いかけ、部屋を飛び出した。それと同時に階段を駆け降りる音が家中に響き渡る。


急がないと家から出て行かれて見失ってしまう。

降り慣れた階段を数段飛ばしで駆け降り、玄関に走る。
ちょうど俺が玄関に着いた時にモニカがドアを開けて飛び出していた。



「モニ―…」



モニカを追った視線の端に、何かが見えた。
高速で移動する“ソレ”は飛び出そうとしているモニカに気づいていないのか、止まろうともスピードを落とそうともしていない。



「モニカ!!」



言葉と同時に伸びた手が、モニカの華奢な腕を掴む。半ば強引に引き寄せ小さな体を抱き止めると同時に、俺達の目の前を一台の車が走り去っていった。


もしあのままモニカが飛び出していたら…

そんな事を考えただけで寒気がする。


あのまま車が気づかずに走っていたら

あのままモニカが気づかずに飛び出していたら


…きっとモニカは無事ではいられなかった。


……もしも、打ち所が悪かったりしたら



「……なんで…?」



悪い方向へと考えを進めていた思考が小さな声で引き戻される。



「…なんで、追いかけてきたの…?」



目の前で震えるモニカの声と肩。俯いているから見えないけど、多分…泣いてる。



「モニカ、聞いてくれ…」
「もういい…行ってこいって言うんでしょ?わかってるから、お願い…はなして―…」
「違う…!」



言葉だけじゃ足りない気がして、モニカの体を強く抱きしめる。

離れたくない、離したくない。



「……ゲルハルト先生が教えてくれたんだ、留学の事もモニカが断った事も。それで…言われたんだ、俺が居るからモニカが留学に行かないって…だから、」



…違う、これじゃ言い訳にしかならない。俺が言いたいのはこんな事じゃない。



「………ごめん」



ごめん、俺は先生の言葉だけを聞き入れた。

モニカの言葉を聞かないで、モニカの気持ちに気づかないフリをして。


…モニカを傷つけた。



「行かないでくれ、俺は…モニカと離れたくない」
「……スレイン…」
「さっきはあんな事言って、ごめん…でもコレは俺の本当の気持ちだ、モニカと離れたくなんかない…ずっと一緒にいたい…っ」
「…………っ…」



モニカからの返事はなかった。

その代わりの様に背中に腕をまわされ強く抱きしめられた。嗚咽混じりに名前を呼ばれた、消え入りそうなくらい小さな声で…何度も何度も。


あぁ俺はこんなに大切に思われていたのか。

俺はこんなにも大切な存在を手離そうとしていたのか。


もう絶対に手離さない、
そんな思いを込めてモニカはまた少し強く抱きしめた。


――――――――――――――


……そう、俺は決めたんだ
絶対に手離さないって…


決めたんだけど…

……やっぱりゲルハルト先生を前にするとその決意が揺らぎそうになる。

先生に留学の話を聞かされて次の日に、モニカと二人で教頭室を訪れて先生に留学には行かないとモニカが話した。


すると先生は黙ったまま、あの切っ先の様に鋭い目を俺に向けてきた。
お前は私の話を聞いてちゃんと理解していたのかと言いたげに。

…昨日よりも視線が心臓に突き刺さる気がする、例えるなら剣を眼前に突きつけられてる気分だ。

膝の上に置いていた手に、知らず知らずの内に力が入って握りこぶしに変わる。冷や汗すら出てきた。



「オーヴェル先生」



モニカに呼ばれた事で先生の視線がそっちに向けられた。内心ため息を吐く。



「何だね?アレン」
「自分では出来ないからとスレインに私を説得する事を押しつけた先生に、スレインを責める権利はないと思います」
「…ふむ」



あの先生を丸め込むなんて…さすがだなぁモニカは。



「それと、スレインに言ったそうですね?私が留学に行かないと言ったのは「お前が居るからだ」って」
「……そうだな、直接では無いが間接的にはそう伝えた。異論はない」
「この際だから言わせてもらいますけど、私が此処に残るのはスレインが居るからじゃありません。余計な事をスレインに吹き込まないでください」



……………………えっ



「ほう?」
「私が此処に居たいのはお父さんやお母さん、ラミィやミシェール…私を支えてくれるみんなが居るからです。確かにスレインもその中には居ますけど、スレインだけの為に残る訳ではありません」



ちょっとモニカさん?俺それ初耳なんですけど…?

じゃあ俺は先生に煽られて勝手に突っ走って暴走してモニカを傷つけたのか?


でも何かおかしい、よく分からないけど…



「……君はその様なものに縛られていないと思ったがね」
「今の私が居るのはみんなのおかげです…そのみんなと離れる事は、今の私には出来ません」



先生とモニカの視線交わる。先に反らしたのは先生の方だった。



「私には分からんよ、せっかくの機会を逃して家族や友と戯れる日々を選ぶとはね…」



先生の言葉をモニカは黙って聞き、少し間を開けて答えた。



「……ずっとみんなと居られる訳じゃありません。だから、だから…一緒に居られる“今”はまだみんなと一緒に居ます」



モニカは立ち上がってこう付け足した。



「それに…“いつか”行きたくなったら、その時は自分の力で行きます」



言い終えたモニカが先生に頭を小さく下げ、背を向けてドアに向かって歩き出したから俺も慌てて立ち上がってモニカの後を追う。
モニカが先に部屋を出てしまってから俺の背に先生のため息混じりの声が届いた。



「……君の恋人は強いね、ウィルダー」
「……俺もそう思います」



そのままの体勢で答えるのは失礼だと思って、半身だけ先生の方に向ける。



「だから、俺があいつを支えてやらないといけないんです。傍に居て…ずっと」
「…………ふっ」



先生が小さく声を漏らし口の端を吊り上げた。あんまり見ない先生の表情に目を点にしていると、先生が言った。



「訂正しよう『君達は強いね、ウィルダー』」
「………え?」



先生、今なんて…と思った事を口にする前に先生が視線を俺からドアに向けた。



「…アレンは行ってしまったが、君は行かなくていいのかね?」
「あ…はいっ」



そうだ、モニカ先に行っちゃってるんだ。急いで追いかけようと部屋を出て、一礼しドアを…



「………せいぜい大切にしてやりなさい」



閉めたと同時に届いた言葉に、俺はもう一度だけ礼をして教頭室を後にした。

モニカは教頭室の前を伸びる廊下の少し先の所に居た、てっきりもっと離れてると思ってたんだけど。



「……スレイン」



小走りで駆け寄ると、足音に気づいてかモニカがコッチを見ないまま声をかけてきた。



「どうした…?」



モニカとの間を一歩分だけ空けて足を止める、コッチを見ないって事は顔を見られたくない事だから。



「………怒ってる?」
「え、なんで?」
「さっき私が『スレインだけの為に残る訳じゃない』って言ったから」



あぁ…そう言えばそんな事言われたな。



「さっき先生に話したのは半分は本当で半分は嘘。みんなと離れたくないのは本当、スレインの為だけじゃないっていうのは嘘…一番離れたくないのはスレインだから、此処に残るのはスレインと居たいから…」



そうか、さっきおかしいと思ったのはモニカの本当の気持ちを知っていたからだ。

泣きながらも昨日言ってくれてたじゃないか、一緒に居たいって…だから矛盾を感じておかしいと思ってたんだ。



「……うん、知ってる」



モニカとの間を一歩縮めて、その小さな背中を抱きしめる。羽の事を気遣いながらなるべく優しく。



「…でも、先生の前でそれを言ったらまたスレインが利用されるんじゃないかって怖くて……もうスレインに、あんな事言われたくないの…」



抱きしめる腕にモニカの手が添えられたが、すぐに袖を弱々しく握った。

それは、昨日の俺の部屋でのモニカの手に似ていた。離れたくないんだと、口ではなく行動で訴えているみたいに。



「――…ごめん。ありがとう、もう大丈夫だから…今度は絶対離さないよ」
「……うん、離さないで。一緒にいて」



普段は中々口にしてくれないモニカの素直な気持ちに、心臓が高なるのが分かった。あぁ、たまらなく愛しい。
モニカの銀の髪に触れるだけの口づけを送る。

でもそれだけじゃ足りなくなって肩に手を添えて、モニカをこっちに向かせる。
潤んだ瞳の彼女の顔に、しゃがみ込みながら顔を近づけて…


後数Cmのところでモニカの小さくて細い人差し指で遮られた。

学校の中でキスされるのをモニカがあまり好きじゃないのは知ってるけど、今の状態で我慢しろって言うのか。



「……モニカ」
「もうすぐ授業だから…ほら、そんな顔しないで」



そう言ってモニカの掌が俺の頬を優しく撫でる。…そんなに露骨に顔に出てたのか。

なんだか悔しくなってきたから、顔を少しずらして頬に添えられていたモニカの掌にキスをした。
キスをされたモニカの顔がみるみる赤くなっていくのを見れただけでも良しとしよう。

そんなくだらない事を考えながら、俺は可愛くて愛おしい小さな恋人をまた抱きしめた。



(もう手離さない)


今だからこそ言えるよ

もう絶対に手離さない


・HAPPY END・

――――――――――――――――――――
ちょっとした続きは考えてますが、とりあえず完結って事で。

これも1つの選択です。
納得いかない方は選択肢に戻っていただいて構いません。
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