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そうだ、

……コレで良いんだ。


もうコレでモニカは俺と居たいなんて考えない、きっと留学にも心置きなく行ける筈だ。スレインは部屋から駆けて出ていく彼女の背中を黙って見送った。


遠くで玄関が閉められる音が響いた。

そう、コレで良い筈なのに…スレインは気が晴れなかった。
むしろ胸騒ぎがする、それはどんどん大きくなってきた。

何でなんだろうかと考えようとしたスレインの頭が、思考を止めてしまう程の鈍い衝撃音がすぐ側から聞こえてきた。




―………部屋の窓から外を覗いて、
スレインは頭の中が真っ白になった。



――――――――――――――


外をブラブラしていたグレイが携帯を忘れた事に気づいて家に帰ると、誰も居なかった。
ソコに居た兄が居ないのは腹をくくって話をしに行った為だろうと思い、深く考えずにいた。

リビングのソファーに投げっぱなしだった携帯を拾い上げる。
何気なく見た画面に普段からしたら有り得ない程の着信履歴と二通のメールが残されていて、思わずグレイは眉をひそめる。

それらは全て兄からのものだった。


伝言が残されていないので仕方なく一通目のメールから見てみたグレイは…


その場で動けなくなってしまった。










差出人・スレイン
件名
モニカが車にはねられた




――――――――――――――



二通目のメールに書かれていた病院の病室にグレイが駆け込んだ時、

部屋にはもう、生きている人間はスレイン一人しか居なかった。

ベッドの脇に置かれた椅子に座る彼はグレイが入ってきたのに気づかないのだろう、深く項垂れたままだった。




真っ白い部屋の真ん中にあるベッドに一人の少女が寝ていた。遠くから見ればただ眠っているだけの様に見える、

少女の眠るベッドの周りを医療用の機器類や無数の点滴が取り囲んでいなければ。


グレイは言う事を聞かない足を一歩一歩動かした。そうしてやっと兄の側に立って、少女の顔を覗き込んだ。


近くで見れば余計にただ眠っているだけの様にグレイは思えた。肩を揺すってやれば身動ぎをして目を開けてくれるんじゃないかと、そんな風にさえ。

だが、少女の顔は普段の白さを越えて青白くさえあった。



「………家のすぐ側で、はねられたんだ…」



隣から頭を上げないままスレインは教えてくれた。その声は生気が無く、感情がこもっていなかった。



「…わき見運転、だったらしい……運転してた人には…ケガはなかったよ。でも―…」
「……もう、いい」



グレイが止めてもスレインは話すのを止めなかった。



「俺が…家に呼んだから、留学しに行けなんて言ったから……家を飛び出して行って…」
「兄貴!!」



スレインの言葉を遮る様にグレイが叫んだ。そして訪れた沈黙の中でスレインが顔を上げ、グレイを見上げる。

感情という感情が消え失せた顔、その目はグレイに向けられている筈なのにグレイを見ていないのだ。


兄の顔にグレイはたじろんだ、こんな顔…今まで見た事がない。



「……分かったんだ、やっと…あの時お前が…言ってた事がさ。“後悔する”って…俺のことだったんだな、あの時俺は…アイツの事を言ってるんだって思ってたけど……違うんだな、おれに向けて言ってたんだな…」



そこまで言ってスレインは笑った。虚ろな目のまま、口許だけが歪む。



「やっと分かったのに…もう意味がないんだ…、おれのせいで…おれのせいで……っ」
「もういいって兄貴…今は、何も言わなくていい」



グレイがスレインの肩に手を乗せると、一瞬だけ目に生気が戻った。しかし次の瞬間にはまた虚ろな目に戻り力無く項垂れた。



「まだみんなに…連絡してないんだろ?」



少し間を空けてスレインが黙って頷く。グレイは携帯を取りだし兄に背を向ける。



「…ちょっと連絡してくる」



部屋を出る前に一度だけグレイは振り向いた。最後に見えたのは項垂れたままの兄とベッドで眠る少女。


自分がこんなに冷静で居られるのは、

少女が永遠に目を覚まさないとまだ理解しきっていないから。

そして、

兄があれほど迄に悲しみで我を忘れているのに一度も涙を見せないから。


あの時に喧嘩になってでもちゃんとスレインにゲルハルトの言いなりなんかになるなと、自分がしたい様にしろと、言っておけば良かったのだろうかという後悔がグレイを責めていた。


でも兄の後悔と比べればこんなもの微々たるものなんだと彼は知っていた。

スレインはこれからずっと自身を責め続けるのだろう。


愛する人を自身のせいで失ったのだと。

愛する人の人生を、未来を、共に生きるはずだった時間を奪ったのだと。


グレイが電話をする為に病室を出て、生きている人間はまたスレイン一人になった…。


――――――――――――――



グレイが出ていった。
また二人きりになった。

ベッドに眠る君がもう二度と目を開けてくれないなんて、

やっぱり信じられない。


…あぁなんて事を考えているんだ、こうなってしまったのは俺のせいなのに。


俺が悪いのに。


でも本当に眠っているようにしか見えない。あまりにも穏やかな顔、死を感じさせないぐらいに。

名前を呼べば…目を開けてくれないだろうか?閉じた瞼を上げて俺を見てくれないだろうか?




「………………モニカ……」



掠れた声で呼んだ君の名前は、

…ゾッとする程虚しく響いた。



もう、何がなんだか
分からない


(分かってるんだろ?本当は。ただ逃げたいだけだ)


死んだ?誰が?


(モニカが死んだ)


違う、きっと
ちょっと疲れて眠ってるだけだ


(違う、死んだんだ)



「………モニカ…」



なぁ
聞こえないのか?


(もう聞こえない、だって死んでるから)



「…モニカ……」



なぁ
目を開けてくれよ


(二度と開かない、死んでいるんだから)



「モニカ…、モニカ……」


何度だって呼ぶよ
君の名前を、


(無駄なのに)


…だから目を覚ましてくれよ


(無理なのに)



「……モニカ…モニカ…っ」



今ごろ気づいたんだ


(もっと早く気づけば良かった)


きみのその名前が



「…………モニカァ…っ」



とてもうつくしいということ



(永遠に掴めない)


時計の針を戻す魔法があれば

この無力な両手を切り落とすのに

(君を守れなかった
こんな手なんてイラナイ)


・BAD END・

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THE BACK HORNさんの「美しい名前」と言う歌詞を参考にしました。
これも1つの選択です、納得いかない方は選択肢に戻っていただいて構いません。
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